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2018/05/27 00:34 |
浅草花やしき
1853年(嘉永6年)に千駄木の植木商、森田六三郎が牡丹と菊細工を主とした植物園「花屋敷」が開園した。当時の敷地面積は約80000m2であった。江戸期は茶人、俳人らの集会の場や大奥の女中らの憩いの場として利用された。

明治に入り浅草寺一帯を浅草公園地とした際、花屋敷は奥山一帯と共に第五区に指定された。しかし敷地は縮小し、1885年(明治18年)に初めて所有者が変わった。翌年、勝海舟の書「花鳥得時」を入口看板として掲示した。この頃でも利用者は主に上流階級者であり、園内は和洋折衷の自然庭園という感じであったが、徐々に庶民にも親しまれるようトラ、クマなど動物の展示などを開始したり、五階建てのランドマーク奥山閣を建設し、建物内に種々の展示物を展示したりした。浅草が流行の地となるにつれて、この傾向は強まり、動物、見世物(活人形、マリオネット、ヤマガラの芸など)の展示、遊戯機器の設置を行うようになった。

大正から昭和初期には全国有数の動物園としても知られ、トラの五つ子誕生や日本初のライオンの赤ちゃん誕生などのニュースを生んだ。関東大震災の際は罹災民が集ったため、多くの動物を薬殺した。戦時下において徐々に規模を縮小し、まず1935年(昭和10年)に仙台市立動物園に動物を売却し、1942年(昭和17年)には強制疎開によりついに取り壊された。

戦時中松竹の関連会社となるが、戦後の1947年(昭和22年)東洋娯楽機との共同経営で再び開園し、遊園地「浅草花屋敷」と改名、2年後には東洋娯楽機に経営が委ねられ「浅草花やしき」と改名した。
そして1953年(昭和28年)のローラーコースター、1950年(昭和35年)のBeeタワーなど現在あるアトラクションが登場し始めた。

また花やしきは長らく入園料を取らず、利用する施設ごとに回数券などで料金を支払う形を取っていたが、1985年(昭和60年)の風営法改正に伴い回数券とは別に入園料の徴収を開始した。

2004年(平成16年)にトーゴ(旧・東洋娯楽機)が会社更生手続きの開始を申し立てたことにより、バンプレストの子会社、株式会社花やしきが8月31日にその事業を承継した。

営業時間
10:00~18:00
(11月~2月は17:00まで。ゴールデンウィーク、お盆は19:00まで。)
入園料
大人 900円
小人 400円

フリーパス(入園料別途)
大人 2200円
小人 1900円
休園日
毎週火曜日

主なアトラクション
ローラーコースター(旧 ロケットコースター)
Beeタワー(旧 人工衛星塔)
スペースショット
お化け屋敷
ゴーストの館

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2007/08/28 21:55 | 日記

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