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2018/12/11 00:43 |
ミスタードーナツ
本家アメリカのミスタードーナツは、創業者どうしが親族関係にあるダンキンドーナツに1990年2月に買収され、現在アメリカ国内では、ミスタードーナツブランドでの店舗営業は行っていない。

現在の主力事業地域はアジア市場であり、日本とフィリピン、インドネシア、タイ、韓国で大規模に事業運営を行っている。台湾にも進出中。なお、エルサルバドルでも事業を行っている。カナダではトロント周辺に3店舗あるのみである。

日本での運営会社はダスキン。ドーナツを主力商品としているが、現在では様々な食品も扱い、ファーストフード店ととして知られる。略称は、「ミスド」など。フランチャイズにより、全国に店舗展開をしている。1971年に日本での事業を開始しており、ケンタッキーフライドチキンなどと同じく日本で最も早い時期に始められたフード系フランチャイズのひとつ。現在は新規フランチャイジーの募集はしていない。日本の店舗では飲茶メニューも提供している。

同じくドーナツを主力として販売していたチェーン店にダンキンドーナツ(日本ではディー・アンド・シーが事業展開)があったが、1998年に日本からは撤退したため、現在、大手ドーナツチェーン店はミスタードーナツだけである。

日本での事業展開の歴史
1970年10月 ミスタードーナツ・オブ・アメリカ社との事業提携によりミスタードーナツ事業スタート。
1971年4月 ミスタードーナツ1号店を大阪府箕面市パイロットショップにオープン。
1986年 イメージキャラクターに所ジョージを起用。当初は明石家さんまと片桐はいりだったが、さんまはすぐに降板し、その後所ジョージ、ダウンタウンも起用され四人となったが、最終的には所のみが2000年ごろまで勤めた。後任は藤井隆。
1993年9月 「ミスター飲茶」をスタート。
1996年 イメージソングに山下達郎のDONUTS SONGを起用。現在まで店頭で使用される。
2002年5月 2000年に販売された中国産の肉まんに日本国内での使用が認められていない食品添加物が使用されていたことが発覚。当時外部の業者から指摘を受けて問題を認識したダスキンは、その業者に口止め料を支払いそのまま販売を継続していたことも判明し、社長が退陣となる大スキャンダルとなった。
当時浜崎あゆみがイメージキャラクターを務めていたが、この事件で当時の所属事務所のアクシヴが激怒して予定されていたキャンペーンは中止された。
2004年4月~相武紗季がイメージキャラクターを務めている。CMにはタカアンドトシも出演。
2004年6月 レアル・マドリードとスポンサー契約を結ぶ。
2005年9月~玉木宏がイメージキャラクターに加わる。
2006年4月からの新シリーズのCMから玉木宏と相武紗季が共演している。タカアンドトシは契約打ち切り。また、キャッチコピーを「いいことあるぞ~ミスタードーナツ」から「持っていこ。持って帰ろ。ミスタードーナツ」に変更。
2006年6月、レアル・マドリードC.F.リカちゃん第2弾CMにラモス瑠偉が出演。
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2007/10/01 13:12 | 未分類
日本各地のお会式
誰でも観覧、撮影可能なもの、※は稚児行列、稚児舞が登場
北関東
旧暦10月12日:法高寺(館林市)※
11月12日:本城寺(富岡市)
南関東
9月:妙本寺(鎌倉市)※
10月11~13日:本門寺(東京都大田区)
10月12~13日:妙法寺(杉並区)※
10月16~18日:法明寺 (東京都豊島区)
10月第3土曜日:妙蓮寺(横浜市旭区)※(相鉄沿線、「曲題目」に要注目)
10月中旬:法華経寺(市川市)※
11月3日:妙蓮寺(横浜市港北区)(東急沿線)
11月中旬:誕生寺(日蓮宗)(鴨川市)※
甲信越
10月14~15日:本陽寺(上田市)※
11月下旬:妙法寺(増穂町)※
11月22~23日:昌福寺(増穂町)※
東海
4月1~3日:津観音(津市)※
4月5日:静岡浅間神社(静岡市葵区)※(神社だが、これも、お会式と呼ばれた)
北陸
京都府
10月12~13日:妙蓮寺(京都市上京区)
10月13日:本禅寺(法華宗陣門流)(京都市上京区)☆宗祖日蓮の念持仏「立像釈尊」御開帳
その他の関西
3月22日:法隆寺(斑鳩町)
3月下旬:安倍文殊院(桜井市)
中国四国
4月第3日曜日:誕生寺 (浄土宗)(久米南町)※

日蓮宗のお会式
お会式(おえしき)は、日蓮門下の諸派で日蓮の命日(10月13日)等にあわせて行われる法要である。

数十万人の参拝者が訪れる祭りとして、東京都大田区の池上本門寺が有名といえる。興りは定かではないが、浮世絵師の歌川広重の作品『名所江戸百景』で描かれてることから、江戸時代には行われていたと考えられる。

日蓮の命日の前夜(10月12日)は、お逮夜(おたいや)と呼ばれ、各地から集まった信徒団体の集まり(講中)が、行列し万灯や提灯を掲げ、纏を振り、団扇太鼓や鉦を叩き、題目を唱えながら境内を練り歩くのである。

古来は、提灯に蝋燭を灯し、団扇太鼓を叩きながら、参詣する簡素なものであった。纏を振るようになったのは、明治時代の町火消の人達が、講中の人達と共に参詣に訪れた事による。近年は、万灯の明かりとして、蝋燭の替わりに、発電機を持ち込み、電球や蛍光灯や発光ダイオードなどを取り付け、発光させている。

日蓮宗の寺には、境内に鬼子母神を祀る場合が多く、鬼子母神の祭りを兼ねる場合も多い。

寺によっては花まつりではなく、お会式や千部会に稚児行列が出る場合がある。


浄土宗のお会式
浄土宗では法然の両親を供養する浄土宗最大の行事をお会式と呼ぶ。

浄土宗には、この他、お十夜という重要な行事があり、日蓮宗のお会式とほぼ同時期に行われる。


聖徳宗のお会式
法隆寺(斑鳩町、聖徳宗総本山)では、実質的に宗祖といえる聖徳太子の(旧暦にあわせた)祥月命日にあたる3月22日~24日に「お会式」が行われるが、とくに10年に1度行われる大法要(大会式)は「聖霊会」とよばれ、南都楽所の雅楽にあわせて楽人が舞う舞楽が奉納される。

この他、華厳宗、真言宗、一部の神社にも同様の行事がある。


2007/10/01 12:52 | 未分類
柴犬の特性
柴犬は温暖湿潤気候に強い。一般に主人に対しては非常に忠実、他所者に対しては馴れ馴れしくせず、賢く勇敢で警戒心も強いため番犬にも適する。

本来は山地や山あいで小動物の狩猟を手伝ってきた犬だが、現在は主に家庭犬として愛されている。
近年は、愛玩犬としても人気がある。また、柴犬本来の性質を保ちながらも、愛玩犬用として、通常の柴犬よりも小型の系統のものを改良した、いわゆる豆柴も数を増やしてきている。豆柴は、普通の柴犬と比較すると、若干、他人に対してもフレンドリーな性質であることが多い。なお、豆柴とは小柄な柴犬の呼び名の一つであり、現在、犬種として認知されているわけではない。

歴史
柴犬の本来の作出目的はキジのような山鳥やウサギのような小動物の狩猟およびそれに伴う諸作業である。

昔から本州各地で飼われ、信州の川上犬、保科犬、戸隠犬、美濃の美濃柴、山陰の石州犬や因幡犬など、分布地域によっていくつかのグループに細分される。現在の柴犬は、昭和初期の保存運動の中で、信州と山陰の柴犬を交配して作られたものである。天然記念物に指定された7犬種の中で、地方名を冠していないのは柴犬のみである。

柴犬は縄文時代から人間と生活をともにしてきたといわれる。縄文時代の貝塚等の遺跡からは、これまでに犬の骨が200点以上出土している。狩猟のために犬を日本に移入した縄文人には、食犬の習慣がなかったらしく、縄文犬と呼ばれるこれらの犬たちには、埋葬されたと思われるものが多い。その中には、人とともに埋められたものもある。

縄文犬の多くは柴系であり、額段がごく浅く、大きな歯牙をもち、特に早期のもののほとんどは小型である。柴犬の熱心な愛好家には、ほっそりした筋肉質の体格や軽快で俊敏な動き、野性的な鋭い警戒性、人間との強い信頼関係とともに、このような縄文犬の特質を柴犬に求める人が多い。

名前の由来
「柴犬」という名前は中央高地で使われていたもので、文献上では、昭和初期の日本犬保存会の会誌「日本犬」で用いられている。一般的には、「柴」は「柴刈り」というときの「柴」であり、小ぶりな雑木を指す。由来には諸説があり、柴藪を巧みに潜り抜けて猟を助けることから、赤褐色の毛色が枯れ柴に似ている(柴赤)ことから、小さなものを表す古語の「柴」から、の3説が代表的で、ほかに、信州の柴村を起源とする説もある。


2007/09/30 20:00 | 未分類
メジャーリーグ、守らねばならないマナー
メジャーリーグ・ベースボールには、ルールブックに記されていなくても守らねばならないマナーが存在し、これを破ると報復を受ける。

内容
不文律であるので当然のことながら成文は存在しない。諸説があり時代による変遷も考える必要があるが共通するものとして以下の不文律が存在する。

大差(概ね5点以上)でリードしている攻撃側は
バントをしてはいけない
カウント3ボール-0ストライクから打ちにいってはいけない
盗塁してはいけない(ただし、「盗塁を企てた走者が、守備側チームが無関心のためになんら守備行為を示さない間に進塁した場合には、野手選択による進塁を記録する」というルールもあるため、成文で抑止する規則が存在するという点では一概に不文律とは言えない)
ノーヒットノーランや完全試合阻止のみを目的としたバントはいけない
打者はホームランを打っても大げさにガッツポーズをとったり、わざとゆっくりとダイヤモンドを回ってはいけない
投手は三振に打ち取ったときでも派手なガッツポーズをしてはいけない
試合に勝っても、相手チームや観客の前で過剰に騒いではいけない
乱闘の際の「バット」、「蹴り」は禁止

ペナルティー
最も一般的なペナルティーは次打席での故意死球である。この場合でも部位は「腰から下」との不文律がある。指名打者制により打席のない投手ではマウンドに空振りのバットが飛んでくることがある。試合終了の際の行為に対しては次の試合で必ず実行される。このことは選手のみならず監督、チームオーナー、審判そして観客も承知している。大差での盗塁では、捕手は送球しないし公式記録員も盗塁を記録しない。

事例
2006年のワールド・ベースボール・クラシック (WBC) 2次リーグ、日本-韓国戦は韓国が勝利したが、試合後に観客および日本チームの目前で韓国チームが自国国旗をマウンドに立てるなどし、翌日の米新聞各紙で敗者に考慮しない過剰な騒ぎであったとして厳しく非難された。日本では、韓国は「水に落ちた犬は棒で叩け」の格言を持つ国ゆえ、その国民性は非難すべきでないとされ、マスコミは報道を控えた。
2001年当時ニューヨーク・メッツ在籍中の新庄剛志は大差(11-3)でリード中にカウント3B0Sから本塁打を打ったが、翌日に足に死球を受けた。この件以外にも本塁打直後にバットを高々と放り投げる行為がガッツポーズであると受け取られ、故意四球を誘発することになった。
敗者への配慮以外にも、故意死球といったペナルティーは無くとも「感心されない」行為というのも存在する。

2004年西武ライオンズからニューヨーク・メッツに移籍した松井稼頭央は開幕戦先頭打者として初球を本塁打した。しかしエース級を先発させる開幕戦においての初球は、その投手の「舞台」であるとして打者は見送るのが慣例となっていたので、米マスコミでは日本ほどの賞賛はされなかった。
シアトル・マリナーズのイチローは渡米当初、打席に立った際にバットの先を投手に向ける習慣(日本ではそうしていた)があったが、相手投手に過剰な刺激を与えることに考慮して「上向き」に改めた。

2007/09/30 19:45 | 未分類
アンアン(anan)
発行部数は公称37万部。誌名は創刊当時モスクワ動物園で飼育されていたパンダの名で、一般公募で選ばれた。

1970年 3月に男性向けファッション誌平凡パンチの女性版として創刊、60万部売上。翌年創刊された『non-no』とともに、女性向け情報誌として人気に。両誌による街や観光地特集や反響を呼び、雑誌片手に各地に押し寄せる読者たちは「アンノン族」と呼ばれ多くのファッションの流行を産んだ。創刊時の発行回数は月2回だったが、1979年5月に月3回へ変更。さらに1981年8月には週刊化し当初は金曜日発売だったが2001年8月22日発売の1279号から水曜日に変更、現在に至る。

80年代に、今でいうデザイナーブランドの服を身にまとい、太い眉毛のしっかりメイクをほどこしたモデルが、カメラマンと一体となって誌面で「アート」を表現するスタイルが話題に。元『Olive』編集長で、長年『anan』の編集長を務めていた淀川美代子が現在編集長を務める『GINZA』は、さすが同DNAを受け継いでいるだけあって、当時の『anan』をほうふつとさせるものがある。「デザイナーズブランド」「カラス族」「刈り上げヘア」「ハウスマヌカン」などというファッション系の流行語を数多く生み、また「スタイリスト」という仕事に初めてスポットを当てた。 90年代に、男性や女性のヘアヌード写真を掲載して話題を呼ぶ。

現在は、ファッション・メイク、恋愛・セックス、ダイエット、映画、占い、マナーなど、20代・30代の女性に関連する多くのテーマを扱う。また、グラビア誌としての性格もあり、旬の俳優・アイドル・タレント・スポーツ選手などを男女問わずに特集。多くは表紙を飾る。また、時代にあったイラストを掲載し続けている。

毎年「抱かれたい男性芸能人」「抱かれたくない男性芸能人」のベストテンを発表しており、男性からの認知度も高い。

主なモデル
立川ユリ
秋川リサ
山口小夜子
くればやし美子
林マヤ
甲田益也子
中川比佐子
藤井春日
雅子
市川実和子
江角マキコ


2007/09/30 19:40 | 未分類

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