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2024/05/07 20:57 |
ストーンヘンジ
円陣状に並んだ直立巨石とそれを囲む土塁からなり、世界で最も有名な先史時代の遺跡である。考古学者はこの直立巨石が紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えている。しかしそれを囲む土塁と堀は紀元前3100年頃まで遡るという。

この遺跡とその周辺は、1986年にUNESCOの世界遺産に加えられた。また、登録古代モニュメントとして法的に保護されている。ストーンヘンジ自体は英国の国家遺産として保有・管理されている。周辺はナショナルトラストが保有している。

ストーンヘンジは、北緯51度10分43.9秒西経1度49分6秒に所在する。

馬蹄形に配置された高さ7mほどの巨大な門の形の組石(トリリトン)5組を中心に、直径約100mの円形に高さ4-5mの30個の立石(メンヒル)が配置されている。

夏至の日に、ヒール・ストーンと呼ばれる高さ6mの玄武岩と、中心にある祭壇石を結ぶ直線状に太陽が昇ることから、設計者には天文学の高い知識があったのではないかと考えられている。

太陽崇拝の祭祀場、古代の天文台、ケルト民族のドルイド教徒の礼拝堂など、遺跡の目的についてさまざまな説が唱えられているが、未だ結論はでていない。

また、当時としては高度な技術が使われていて、倒れないよう安定させるため、石と石の間には凹凸がある。

ストーンヘンジの発掘が最初に記録されたのは、ウィリアム・カニントンとリチャード・コルト・ホアによるものだった。 1798年、カニントンは倒壊したトリリトンの下の穴を調査した。1810年、両名は倒れたスローターストーンの下を掘り、それがかつては立っていたと結論付けた。彼らは、その下にあったオーブリーホールにひとつも発掘した。1900年に、ウィリアム・ゴーランドが初めて広範な調査を行い、鹿角のつるはしが穴を掘るのに使われていたこと、石がこの場所で成型加工されたことを明らかにした。

ストーンヘンジの最大の発掘は、この遺跡が国家の管理下に入ったあと、ウィリアム・ホーリー中佐によって行われた。1919年に作業が始まり1926年まで続き、予算は労務省?から出た。 二人はストーンヘンジの大部分を発掘し、それが多段階で建造された遺跡であることを最初に明らかにした。

1950年、古美術協会は、リチャード・アトキンソン、スチュアート・ピゴット、ジョン・FS・ストーンに追加発掘を委任した。 彼らは数多くの火葬を回収し、今日ストーンヘンジについて書かれるものの大部分を支配する段階的建造説を作った。 1979年と1980年に、マイク・ピットが、公益事業の調査の一環として2回の小さな調査を行い、ヒールストーンの近くで、それが近隣のものであることを発見した。


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2007/09/05 12:59 | 未分類

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