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2025/04/17 09:02 |
バニーガールの歴史
バニーガールの誕生は、アメリカのグラビアアイドル女優が多数登場する雑誌「プレイボーイ」のマスコットとして、発情期にあるウサギをデザインして作ったといわれている。1996年に放送されたテレビ東京の番組「知ってど~するの?」によると、そのウサギはオスをイメージしたといわれている。

その後「プレイボーイ」の編集長であったヒュー・ヘフナーが、雑誌と連動したキャバレー「プレイボーイ・クラブ」を発足させた時に、女性ホステスたちに前述したプレイボーイのマスコットのウサギをイメージした衣装を着るように提案し大好評を得たことがバニーガールの始まりとされる。


反発
「プレイボーイクラブ」のバニーガールたちは、女性という性を男性たちの楽しみのために商品化しているとの非難がフェミニストたちの間から起こり、グロリア・スタイネムが自らバニーガールの募集に応じて潜入。その楽屋裏の一部始終を『ブレイボーイクラブ潜入記』として執筆。アメリカだけでな く、世界中でセンセーショナルな話題を呼び、スタイネムとへフナーの間では長く裁判で争われた。


日本での普及
日本では1965年に放送を開始した日本テレビ系の深夜放送番組「11PM」のアシスタントの女性がバニーコートを初めて着用したが、当時PTAから「青少年に悪い影響を与える」というクレームがついた程だといわれている。


TVでは、バラエティー番組の女性アシスタントが着用することが多い。「欽ちゃんの仮装大賞」が最も有名な例だと思われるが、子供の出演が多いことを考慮したせいか、最近では露出度が少ないコスチュームに変更されている。「くりぃむしちゅーのたりらリラ~ン」の藤原美栄、「テレつく!」の松永瑠里などグラビアアイドルをバニーガールに起用するケースが多いが、ドラマの中でも著名女優が役柄の中でバニーコートを着用することもある。

(例)
「水中花」(1979年)の松坂慶子
「私をスキーに連れてって」(1987年)の高橋ひとみ
「セーラー服反逆同盟」(1986年-1987年)の森口博子、山本理沙ら
「ロングバケーション」(1997年)での山口智子
「億万長者と結婚する方法」(2000年)の藤原紀香、とよた真帆、宝生舞(藤原はその後2003年放送の「あなたの人生お運びします!」でも同様に行った)
「おかみさんドスコイ!!」(2002年 ドラマ30)の宮村優子
更にはバニーガールのコスプレを愛好するキャンギャル、グラビアアイドルが集結したユニットも登場した。

また最近ではパーティーの仮装用などとして、ホームセンターなどの大型雑貨店などで一般に市販もされている。しかし、パーティーグッズとして売られている1万円以下のものは作りが安っぽく、本格的な衣装を求める場合には、3万円から7万円程度のものを専門店やインターネットによる通信販売により購入するケースが一般である。

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2007/09/18 13:43 | 日記

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