タレントの鈴木紗理奈(30)が、レゲエユニット、INFINITY16のTELA―Cと熱愛中であることが22日までに明らかになった。所属事務所が認めた。一部では2年前から同せい中で、来春にも結婚と報じられているが、事務所は同せいは否定。結婚についても報告を受けていないとしている。紗理奈は本名の宗廣華奈子からとったMUNEHIRO名義でレゲエ歌手としても活動中。関係者によると音楽活動をきっかけに2人は知り合ったという。
鈴木紗理奈
1992年に第6回全日本国民的美少女コンテストに出場し演技部門賞を獲得した。1995年芸能界デビュー。写真集やイメージビデオなどで活躍する一方で、歌手としても全国の大学の学園祭のイベントに出演、「学園祭クイーン」として人気を集める。
以後、テレビのバラエティ番組やドラマ、映画、CMなどでも活躍。サバサバした性格で、独特の関西弁で喋るのが特長。熊田曜子、安田美沙子が所属する事務所の大先輩であり、姉御的存在でもある。愛煙家でもある。
不健康そうなイメージが先行しているが、実は女性芸能人屈指の肉体美・健康美を誇る。
東野幸治がMCを務めていた深夜番組では「鈴木紗理奈 自慢の肉体美」と称し、腕などの筋肉を披露。両腕に形のいい力瘤をつくってみせて東野に触らせていた。本人曰く運動は特にしていないのだが、中学校の時に映画「極道の妻たち」に憧れ、重い拳銃を撃つことのできる身体づくりのため毎日1キロのリストバントを両手につけて学校に通っていたので、今でも筋肉が落ちないのだという。腹筋も割れるほど鍛えられており、見せることはなかったが、服の上から触らせてもらった東野がその逞しさにびっくりしていたが、代わりに東野の腹を触った彼女は贅肉がついて締まりのない彼の腹にもっとびっくりしていた。
かなりのマゾヒストである。
体操選手のように両足を水平に180度開いて座ることができるほど身体も柔らかく、笑っていいともで一度披露し、ギャラリーを驚かせていた。
英語が得意(本人曰く、駅前留学で英会話を会得したとの事)で、過去にビースティ・ボーイズ、シアラなどにインタビューしている。
兄弟は兄が三人。男兄弟の中で育ったことから子供の頃は目立ちたがり屋だったとか。
大のレゲエ好きである事を公言している。2004年に「Kanako」の名義でレゲエシンガーとしてデビュー、2005年には「MUNEHIRO」と改名しアルバムをリリースしている。インディーズでの発売で、テレビ等で宣伝活動を行っていないため、レゲエシンガーとしての活動はほとんど知られていない。作詞・作曲、ジャマイカでのトラック制作などを自身で手がるなど新たな才能を発揮している。
しかし、めちゃイケメンバーからは、デビューシングルである「シャレになんない」にかけて「(CDを出すこと自体が)シャレになんない」と揶揄されている。
また、すっぴんは別人だと『めちゃ²イケてるッ!』で言われている。2006年のお台場冒険王の『めちゃ²イケてるッ!』のブースにおいて、すっぴん顔のポスターが貼られたことがある。また、『めちゃ²イケてるッ!』の鈴木紗理奈へのどっきり企画で鈴木紗理奈のすっぴん顔の映像がほしのあき(番組)によってYouTubeに投稿された。但し、企画放送前に削除された。また、口臭は犬臭い事で有名。
2005年4月9日放映のCX系『めちゃ²イケてるッ!』SP「め茶の水女子校期末テスト第2弾」で、5教科中4教科が12人中最下位に。勉強や一般常識は「かなり苦手」なようであるが、唯一の英語が成績が良かった為に最下位を免れた(ちなみに最下位になり「ウルトラのバカ」の称号を与えられたのは梨花)。
2006年3月5日放送の日本テレビ系「中井正広のブラックバラエティ」のコーナー「BUMON式」で「答えが24になる九九」の問題で、九九にも関わらず「12×2」と答え、その際「じゅにんにが24」などと答えていた。
2006年末からよくアフロヘアーにしている。2007年春にはそれが原因で『めちゃイケ』でほしのあきとレギュラーを入れ替えさせようとドッキリにはめられ、危うく番組をクビにされそうになった。
最近では、太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。に「猛勉強した」と出演し、改憲を主張し、「アメリカとは手を切るべきだ」、「アメリカ悪いで」「ネオコンはあかん」「勉強が楽しくて仕方がない」「(片山さつきに対して)あの人嫌いや」などと発言している。
29歳の時に、自宅で歌の練習をしていることが、近所の住人に騒音を与えているとされて警察沙汰になったことがあり、ワイドショーや週刊誌、「めちゃ2イケてるッ!」のネタにもなった。
バラエティ番組の出演の多さや大阪弁であることなどから「芸人」とよく間違えられることを本人はとても嫌がっていて、「踊る!さんま御殿!!」出演時にグラビア出身であることを言うと、出演者や観覧者から「えぇ~っ!?」という声が起こり、「え~!!知らんの~~!!?」と怒っていた。
2007年4月、未成年の加護亜依が喫煙行為によって所属事務所を解雇されたニュースをブログで取り上げる。喫煙や年齢詐称で謝罪を求められる芸能界こそが不自然で、加護亜依の騒動は悪いことを一通りやった自分にはたいした問題ではない等と記事を結んだところ、ブログが炎上。後日、当該記事の訂正と訂正記事を掲載する事態となった。
2007年6月19日に渋谷区松涛にある女性専門入浴施設『SHIESPA』爆発事故で3人が死亡した事故について、その当日に行きつけだった当該施設へ友人と共に向かう予定だったが、先に食事や買い物を済ませて到着の時間帯を夜に変更したため危うく難を逃れた。(日本テレビ「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」で激白している。)ちなみに、若槻千夏も事故当日の時間帯に向かう予定だったが、危うく難を逃れたことをブログで明らかにしている。
「ロンドンハーツ」の「格付け女」では梨花・青田典子・杉田かおるに次ぐ「Wパンチ2冠」をとった(2007年7月31日放送)。

鈴木紗理奈
1992年に第6回全日本国民的美少女コンテストに出場し演技部門賞を獲得した。1995年芸能界デビュー。写真集やイメージビデオなどで活躍する一方で、歌手としても全国の大学の学園祭のイベントに出演、「学園祭クイーン」として人気を集める。
以後、テレビのバラエティ番組やドラマ、映画、CMなどでも活躍。サバサバした性格で、独特の関西弁で喋るのが特長。熊田曜子、安田美沙子が所属する事務所の大先輩であり、姉御的存在でもある。愛煙家でもある。
不健康そうなイメージが先行しているが、実は女性芸能人屈指の肉体美・健康美を誇る。
東野幸治がMCを務めていた深夜番組では「鈴木紗理奈 自慢の肉体美」と称し、腕などの筋肉を披露。両腕に形のいい力瘤をつくってみせて東野に触らせていた。本人曰く運動は特にしていないのだが、中学校の時に映画「極道の妻たち」に憧れ、重い拳銃を撃つことのできる身体づくりのため毎日1キロのリストバントを両手につけて学校に通っていたので、今でも筋肉が落ちないのだという。腹筋も割れるほど鍛えられており、見せることはなかったが、服の上から触らせてもらった東野がその逞しさにびっくりしていたが、代わりに東野の腹を触った彼女は贅肉がついて締まりのない彼の腹にもっとびっくりしていた。
かなりのマゾヒストである。
体操選手のように両足を水平に180度開いて座ることができるほど身体も柔らかく、笑っていいともで一度披露し、ギャラリーを驚かせていた。
英語が得意(本人曰く、駅前留学で英会話を会得したとの事)で、過去にビースティ・ボーイズ、シアラなどにインタビューしている。
兄弟は兄が三人。男兄弟の中で育ったことから子供の頃は目立ちたがり屋だったとか。
大のレゲエ好きである事を公言している。2004年に「Kanako」の名義でレゲエシンガーとしてデビュー、2005年には「MUNEHIRO」と改名しアルバムをリリースしている。インディーズでの発売で、テレビ等で宣伝活動を行っていないため、レゲエシンガーとしての活動はほとんど知られていない。作詞・作曲、ジャマイカでのトラック制作などを自身で手がるなど新たな才能を発揮している。
しかし、めちゃイケメンバーからは、デビューシングルである「シャレになんない」にかけて「(CDを出すこと自体が)シャレになんない」と揶揄されている。
また、すっぴんは別人だと『めちゃ²イケてるッ!』で言われている。2006年のお台場冒険王の『めちゃ²イケてるッ!』のブースにおいて、すっぴん顔のポスターが貼られたことがある。また、『めちゃ²イケてるッ!』の鈴木紗理奈へのどっきり企画で鈴木紗理奈のすっぴん顔の映像がほしのあき(番組)によってYouTubeに投稿された。但し、企画放送前に削除された。また、口臭は犬臭い事で有名。
2005年4月9日放映のCX系『めちゃ²イケてるッ!』SP「め茶の水女子校期末テスト第2弾」で、5教科中4教科が12人中最下位に。勉強や一般常識は「かなり苦手」なようであるが、唯一の英語が成績が良かった為に最下位を免れた(ちなみに最下位になり「ウルトラのバカ」の称号を与えられたのは梨花)。
2006年3月5日放送の日本テレビ系「中井正広のブラックバラエティ」のコーナー「BUMON式」で「答えが24になる九九」の問題で、九九にも関わらず「12×2」と答え、その際「じゅにんにが24」などと答えていた。
2006年末からよくアフロヘアーにしている。2007年春にはそれが原因で『めちゃイケ』でほしのあきとレギュラーを入れ替えさせようとドッキリにはめられ、危うく番組をクビにされそうになった。
最近では、太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。に「猛勉強した」と出演し、改憲を主張し、「アメリカとは手を切るべきだ」、「アメリカ悪いで」「ネオコンはあかん」「勉強が楽しくて仕方がない」「(片山さつきに対して)あの人嫌いや」などと発言している。
29歳の時に、自宅で歌の練習をしていることが、近所の住人に騒音を与えているとされて警察沙汰になったことがあり、ワイドショーや週刊誌、「めちゃ2イケてるッ!」のネタにもなった。
バラエティ番組の出演の多さや大阪弁であることなどから「芸人」とよく間違えられることを本人はとても嫌がっていて、「踊る!さんま御殿!!」出演時にグラビア出身であることを言うと、出演者や観覧者から「えぇ~っ!?」という声が起こり、「え~!!知らんの~~!!?」と怒っていた。
2007年4月、未成年の加護亜依が喫煙行為によって所属事務所を解雇されたニュースをブログで取り上げる。喫煙や年齢詐称で謝罪を求められる芸能界こそが不自然で、加護亜依の騒動は悪いことを一通りやった自分にはたいした問題ではない等と記事を結んだところ、ブログが炎上。後日、当該記事の訂正と訂正記事を掲載する事態となった。
2007年6月19日に渋谷区松涛にある女性専門入浴施設『SHIESPA』爆発事故で3人が死亡した事故について、その当日に行きつけだった当該施設へ友人と共に向かう予定だったが、先に食事や買い物を済ませて到着の時間帯を夜に変更したため危うく難を逃れた。(日本テレビ「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」で激白している。)ちなみに、若槻千夏も事故当日の時間帯に向かう予定だったが、危うく難を逃れたことをブログで明らかにしている。
「ロンドンハーツ」の「格付け女」では梨花・青田典子・杉田かおるに次ぐ「Wパンチ2冠」をとった(2007年7月31日放送)。

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