福岡で人気急上昇中の女子高生5人組ユニット「桃」が15日、東京・秋葉原の石丸ソフト2で開催されたアキバ系アイドルによる音楽イベントに出演した。
04年に福岡・久留米市で結成。地元テレビ局のレギュラー番組などで話題を集め、東京に乗り込んだ。6日に発売したファーストミニアルバム「little mermaid」から6曲を披露し、脇山悦子(15)は「振り付けを一緒に踊ってくれて、かけ声も大きい」とアキバ男子のノリに感激。ユニット名は昔話「桃太郎」が由来で、村上鈴桂(16)は「犬、猿、キジみたいに、たくさんのファンの方を引き連れて、日本一のアイドルになりたい」と、ほおを赤らめていた。
桃
2006年11月に「雫きらり」でCDデビューを果たす。レコード会社はエフ・プランニング、レコードレーベルはFrom S Records。
1500人のファンの前で、福岡でのライブ活動を行うなど活躍中。
グループ名の桃は、桃太郎のように一番を取りたいという願望から付けられた。
メンバー
浜地叶美(かなみ) - 1991年8月22日生、福岡県出身、154 cm
中尾未智(みさと) - 1991年9月20日生、佐賀県出身、150 cm
村上鈴桂(すずか) - 1990年8月5日生、福岡県出身、154 cm、リーダー
山崎琴音(ことね) - 1991年1月30日生、佐賀県出身、155 cm
脇山悦子(えつこ) - 1991年7月8日生、佐賀県出身、165 cm

04年に福岡・久留米市で結成。地元テレビ局のレギュラー番組などで話題を集め、東京に乗り込んだ。6日に発売したファーストミニアルバム「little mermaid」から6曲を披露し、脇山悦子(15)は「振り付けを一緒に踊ってくれて、かけ声も大きい」とアキバ男子のノリに感激。ユニット名は昔話「桃太郎」が由来で、村上鈴桂(16)は「犬、猿、キジみたいに、たくさんのファンの方を引き連れて、日本一のアイドルになりたい」と、ほおを赤らめていた。
桃
2006年11月に「雫きらり」でCDデビューを果たす。レコード会社はエフ・プランニング、レコードレーベルはFrom S Records。
1500人のファンの前で、福岡でのライブ活動を行うなど活躍中。
グループ名の桃は、桃太郎のように一番を取りたいという願望から付けられた。
メンバー
浜地叶美(かなみ) - 1991年8月22日生、福岡県出身、154 cm
中尾未智(みさと) - 1991年9月20日生、佐賀県出身、150 cm
村上鈴桂(すずか) - 1990年8月5日生、福岡県出身、154 cm、リーダー
山崎琴音(ことね) - 1991年1月30日生、佐賀県出身、155 cm
脇山悦子(えつこ) - 1991年7月8日生、佐賀県出身、165 cm
PR
4人組ロックバンド「ウルフルズ」が15日、東京・日比谷野外音楽堂で、デビュー15周年記念フリーライブを行った。
03年に一時脱退したベースのジョン・B・チョッパー(39)の復帰ライブを行った思い出の地で、トータス松本(40)は「15年と一言でいっても長い。みんなに感謝」。無料招待した2700人にスガシカオ(40)、斉藤和義(40)らの祝福も受け「ガッツだぜ!!」など10曲を熱唱した。ライブの模様は、音楽チャンネル「MUSIC ON! TV」で5月5日放送。17日には、移籍後初のシングル「情熱 A Go―Go」(18日発売)を都内の神社に奉納する。
ウルフルズ
1988年大阪・中津のインド喫茶「カンテ・グランデ」(通称:カンテG)のバイト仲間で結成。その後ドラム担当が抜けたため、客としてライブに来ていたサンコンJr.を誘い込み現在の編成に。(その時のバイト仲間にはダウンタウンの番組でお馴染みの構成作家高須光聖もおり、「バンザイ」発売時にHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPに出演した際に話題に上る。)
バンド名は、メンバーお気に入りのLPレコードのジャケットの帯にあった「ソウルフル」が改行のため「ウルフル」と読めたことに由来する。
1992年5月13日に東芝EMIからシングル『やぶれかぶれ』でデビュー。6月17日ファーストアルバム『爆発オンパレード』をリリース。なかなかヒットに恵まれなかったが、1996年に6枚目のシングル『ガッツだぜ!!』、続く7枚目のシングル『バンザイ〜好きでよかった〜』、サード・アルバム『バンザイ』が100万枚を超える大ヒット、一躍脚光を浴びる。その年NHK紅白歌合戦に初出場(ただ、この時「『ガッツだぜ!!』の歌詞の一部が卑猥だ」として歌詞を変えるか問題となり、一部分のみ変更)。
1999年ベース担当のジョン・B・チョッパーが突然「作家になる」と宣言し脱退。[要出典]3人編成となる。
一時期人気も落ち着いたが、2001年に『明日があるさ〜ジョージアで行きましょう編』が大ヒット。同年、吉本興業オールスターズとも言えるRe:Japanとのコラボレーションで再び紅白歌合戦への出演を果たした。
2002年「ウルフルズ10周年5時間ライブ!!〜50曲ぐらい歌います〜」にジョン・B・チョッパーが出演。2003年6月1日日比谷野外音楽堂にて行われたフリーライブにて正式に復帰。再び4人編成に。ジョン・B・チョッパー脱退時、ライブやレコーディングを支えていたベーシストは、順にCHIROLYN、上野イチロー、高橋"Jr."知治の3人である。2000年以降現在まで、ライブはキーボードの伊東ミキオを加え、5人で行っている。(一部イベントやライブを除く)
2003年に発売された『ええねん』は関西では「この年の日本シリーズで日本一を逃した阪神タイガースのファンの気持ちを代弁する曲」としても受け入れられた。もっとも、この曲が完成したのは阪神タイガースがリーグ優勝を決める2か月近く前のことである。『ええねん』は地元大阪のラジオ局FM802のOSAKAN HOT 100ではJ-POPとしては最長の9週連続1位を記録した。
このバンドの雰囲気、ノリはジョン・B・チョッパーの脱退時のコメントが全てを表している。「音楽をやりたいわけでも、ベースをやりたいわけでもなかった。ただ僕は松本君たちと一緒にいるのが楽しかった。一緒にいれれば何でも良かった。でもそれでいいのかなと・・・」そんな彼の脱退後、新ベーシストのオーディションも行ってはいたが、結局は不採用で3人体制でいたことがジョン・B・チョッパー復活という奇跡を生んだとも言える。シングル『ええねん』は正にジョン・B・チョッパーの復帰を祝う曲そのものである。
2007年1月1日にワーナーミュージック・ジャパンに移籍した。それと同時に、 2007年に発売するシングル「情熱 A GO GO」の歌詞を発表した。

03年に一時脱退したベースのジョン・B・チョッパー(39)の復帰ライブを行った思い出の地で、トータス松本(40)は「15年と一言でいっても長い。みんなに感謝」。無料招待した2700人にスガシカオ(40)、斉藤和義(40)らの祝福も受け「ガッツだぜ!!」など10曲を熱唱した。ライブの模様は、音楽チャンネル「MUSIC ON! TV」で5月5日放送。17日には、移籍後初のシングル「情熱 A Go―Go」(18日発売)を都内の神社に奉納する。
ウルフルズ
1988年大阪・中津のインド喫茶「カンテ・グランデ」(通称:カンテG)のバイト仲間で結成。その後ドラム担当が抜けたため、客としてライブに来ていたサンコンJr.を誘い込み現在の編成に。(その時のバイト仲間にはダウンタウンの番組でお馴染みの構成作家高須光聖もおり、「バンザイ」発売時にHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPに出演した際に話題に上る。)
バンド名は、メンバーお気に入りのLPレコードのジャケットの帯にあった「ソウルフル」が改行のため「ウルフル」と読めたことに由来する。
1992年5月13日に東芝EMIからシングル『やぶれかぶれ』でデビュー。6月17日ファーストアルバム『爆発オンパレード』をリリース。なかなかヒットに恵まれなかったが、1996年に6枚目のシングル『ガッツだぜ!!』、続く7枚目のシングル『バンザイ〜好きでよかった〜』、サード・アルバム『バンザイ』が100万枚を超える大ヒット、一躍脚光を浴びる。その年NHK紅白歌合戦に初出場(ただ、この時「『ガッツだぜ!!』の歌詞の一部が卑猥だ」として歌詞を変えるか問題となり、一部分のみ変更)。
1999年ベース担当のジョン・B・チョッパーが突然「作家になる」と宣言し脱退。[要出典]3人編成となる。
一時期人気も落ち着いたが、2001年に『明日があるさ〜ジョージアで行きましょう編』が大ヒット。同年、吉本興業オールスターズとも言えるRe:Japanとのコラボレーションで再び紅白歌合戦への出演を果たした。
2002年「ウルフルズ10周年5時間ライブ!!〜50曲ぐらい歌います〜」にジョン・B・チョッパーが出演。2003年6月1日日比谷野外音楽堂にて行われたフリーライブにて正式に復帰。再び4人編成に。ジョン・B・チョッパー脱退時、ライブやレコーディングを支えていたベーシストは、順にCHIROLYN、上野イチロー、高橋"Jr."知治の3人である。2000年以降現在まで、ライブはキーボードの伊東ミキオを加え、5人で行っている。(一部イベントやライブを除く)
2003年に発売された『ええねん』は関西では「この年の日本シリーズで日本一を逃した阪神タイガースのファンの気持ちを代弁する曲」としても受け入れられた。もっとも、この曲が完成したのは阪神タイガースがリーグ優勝を決める2か月近く前のことである。『ええねん』は地元大阪のラジオ局FM802のOSAKAN HOT 100ではJ-POPとしては最長の9週連続1位を記録した。
このバンドの雰囲気、ノリはジョン・B・チョッパーの脱退時のコメントが全てを表している。「音楽をやりたいわけでも、ベースをやりたいわけでもなかった。ただ僕は松本君たちと一緒にいるのが楽しかった。一緒にいれれば何でも良かった。でもそれでいいのかなと・・・」そんな彼の脱退後、新ベーシストのオーディションも行ってはいたが、結局は不採用で3人体制でいたことがジョン・B・チョッパー復活という奇跡を生んだとも言える。シングル『ええねん』は正にジョン・B・チョッパーの復帰を祝う曲そのものである。
2007年1月1日にワーナーミュージック・ジャパンに移籍した。それと同時に、 2007年に発売するシングル「情熱 A GO GO」の歌詞を発表した。
三菱自動車工業が製造・販売するピックアップトラックである。世界戦略車として位置付けられており、タイで生産が行われて、ほぼ全世界(北米などを除く)に輸出される。
タイでストラーダの後継として2005年8月に登場した。ちなみにトライトンの名称は以前からオセアニア向けに使用されていたものである。欧州では引き続きL200の名称で販売されている。エンジンは2500と3200コモンレール式ディーゼルターボが設定されている。シフトは5速MTと4速AT。
日本では2006年9月21日より、タイから輸入の形で販売され、V型6気筒・SOHC24バルブのガソリンエンジン6G74を搭載する4速AT車が輸入されている。日本の法律に合わせてタイ仕様にはないサイドアンダーミラーが装備されている。
2005年8月25日 - タイで販売開始。
2006年8月7日 - 日本国内で予約受注を開始。
2006年9月21日 - 日本国内販売を開始。

タイでストラーダの後継として2005年8月に登場した。ちなみにトライトンの名称は以前からオセアニア向けに使用されていたものである。欧州では引き続きL200の名称で販売されている。エンジンは2500と3200コモンレール式ディーゼルターボが設定されている。シフトは5速MTと4速AT。
日本では2006年9月21日より、タイから輸入の形で販売され、V型6気筒・SOHC24バルブのガソリンエンジン6G74を搭載する4速AT車が輸入されている。日本の法律に合わせてタイ仕様にはないサイドアンダーミラーが装備されている。
2005年8月25日 - タイで販売開始。
2006年8月7日 - 日本国内で予約受注を開始。
2006年9月21日 - 日本国内販売を開始。
保護者の教育や生まれ育った環境が原因で自閉症になるということはあり得ない。
フランス・パスツール研究所の研究チームが、フランス国立医学研究機構およびスウェーデン・イエーテボリ大学と行った共同研究では、自閉症者の脳内で遺伝子「シャンク3(SHANK3)」に異常があることが指摘されている。ただし、研究チームからはシャンク3で自閉症の全ての症状を説明できるわけではないと警告が発せられており、主要な社会的障害についてある程度説明ができるかもしれないと述べるにとどまっている。
父親が中高年のときに授かった子供である場合、新生児が自閉症になりやすいとする近年の米国の研究がある。同研究によると、父親が40歳以上の新生児は、自閉症や関連の症例が30歳未満の父親の場合の約6倍で、30〜39歳の父親と比較すると1.5倍以上であったとされている。一方、母親については、高齢者で多少の影響を及ぼす可能性は排除できないものの、子供の自閉症に与える影響はほとんど認められなかったとされている
国際的な統計は少なく、現段階では増加傾向にあることだけがはっきりしている。
日本では1000人に1〜2人の割合で生じているが、どこまでを自閉症の範囲とするかによって発生率は大きく違う。男性と女性の比率は4:1程度と言われている。
日本自閉症協会によると現在日本国内に推定36万人、知的障害や言語障害を伴わない高機能自閉症(アスペルガー障害とも言う)など含めると120万人いるといわれている。
症状
言語の発達の遅れ、対人面での感情的な交流の困難さ、反復的な行動を繰り返す、行動様式や興味の対象が極端に狭いなどの様々な特徴がある。
「自閉」という言葉から、他者とのかかわりを一切持たない、寡黙というイメージを連想することもあるが、実際の自閉症の場合は、一般的に恥ずかしいと思って秘密にするような事でも正直に話してしまうなど、むしろイメージ的には自閉とは逆の「自開」であるという人もいる。
治療
現代医学では根本的な原因を治療する事は不可能とされている。 「TEACCH」「ソーシャルスキルトレーニング」などの各種プログラムなどによって、健常者に近い社会生活が送れるようになる場合もあるが、これらのプログラムは本人の社会生活における困難を軽減するものであって、根本的な原因が治癒したわけではないとされる。

フランス・パスツール研究所の研究チームが、フランス国立医学研究機構およびスウェーデン・イエーテボリ大学と行った共同研究では、自閉症者の脳内で遺伝子「シャンク3(SHANK3)」に異常があることが指摘されている。ただし、研究チームからはシャンク3で自閉症の全ての症状を説明できるわけではないと警告が発せられており、主要な社会的障害についてある程度説明ができるかもしれないと述べるにとどまっている。
父親が中高年のときに授かった子供である場合、新生児が自閉症になりやすいとする近年の米国の研究がある。同研究によると、父親が40歳以上の新生児は、自閉症や関連の症例が30歳未満の父親の場合の約6倍で、30〜39歳の父親と比較すると1.5倍以上であったとされている。一方、母親については、高齢者で多少の影響を及ぼす可能性は排除できないものの、子供の自閉症に与える影響はほとんど認められなかったとされている
国際的な統計は少なく、現段階では増加傾向にあることだけがはっきりしている。
日本では1000人に1〜2人の割合で生じているが、どこまでを自閉症の範囲とするかによって発生率は大きく違う。男性と女性の比率は4:1程度と言われている。
日本自閉症協会によると現在日本国内に推定36万人、知的障害や言語障害を伴わない高機能自閉症(アスペルガー障害とも言う)など含めると120万人いるといわれている。
症状
言語の発達の遅れ、対人面での感情的な交流の困難さ、反復的な行動を繰り返す、行動様式や興味の対象が極端に狭いなどの様々な特徴がある。
「自閉」という言葉から、他者とのかかわりを一切持たない、寡黙というイメージを連想することもあるが、実際の自閉症の場合は、一般的に恥ずかしいと思って秘密にするような事でも正直に話してしまうなど、むしろイメージ的には自閉とは逆の「自開」であるという人もいる。
治療
現代医学では根本的な原因を治療する事は不可能とされている。 「TEACCH」「ソーシャルスキルトレーニング」などの各種プログラムなどによって、健常者に近い社会生活が送れるようになる場合もあるが、これらのプログラムは本人の社会生活における困難を軽減するものであって、根本的な原因が治癒したわけではないとされる。
リンパ節炎を主体とした感染症。人獣共通感染症の一つである。
原因菌は、リケッチアに属するBartonella henselaeである。猫に対しては全く病原性はないが、長い間、保菌状態になっており、18ヶ月以上も感染が続くこともある。猫から猫への菌の伝搬にはネコノミが関与している。猫の血を吸って感染したネコノミは、体内で菌を増殖させ糞便として排泄するが、それが猫の歯あるいは爪に付着する。そしてその猫に咬まれたり引っかかれたりすることによって人間の傷に感染すると考えられる。日本では猫の9〜15%が菌を保有している。喧嘩したり他の猫と接触の多い雄や野良猫に多い傾向がある。また、1〜3歳の若い猫の保菌率が高いという報告もある。犬からも抗体が検出され、犬からの感染報告がある。
その他、頻度は少ないが、感染猫の血液を吸ったネコノミが人間を刺して感染するという場合もある。
症状
猫にひっかかれた傷が10日後に赤く腫れる。典型的には、手の傷であれば腋窩リンパ節が、足の傷なら鼠径リンパ節が腫脹する。しかしながら、顔に傷がなくとも、頚部リンパ節の腫脹がみられることも稀ではない。
腫脹したリンパ節は多くの場合痛みを伴い、体表に近いリンパ節腫張では皮膚の発赤や熱感を伴うこともある。ほとんどの人で発熱が長く続き、全身倦怠、関節痛、嘔気等も出現する。特に治療を行わなくても、自然に治癒することも多い。しかし治癒するまでに数週間、場合によっては数ヶ月もかかることがある。
肝膿瘍を合併することがあり、免疫不全の人や、免疫能力の落ちた高齢者では、重症化して麻痺や脊髄障害に至るものもある。
検査
猫をはじめとした動物との接触歴のある患者で、リンパ節の腫脹に圧痛や熱感を伴う場合には、本症を疑う。ただし、動物の飼育歴が明らかでない患者も少なからずいるため、βラクタム系抗菌薬が無効であるリンパ節炎では、本症も視野に入れて検査・治療を進める必要がある。
血液検査
白血球増加、CRP上昇などの炎症反応がみられることがあるが、必須ではない。AST、ALT、LDHなどの肝逸脱酵素の上昇がみられることもある。
画像検査
超音波検査、CT、MRIなどの画像検査で、腫脹しているのがリンパ節であることを確認できる。また、リンパ節膿瘍の形成も画像検査により検出できる。
血清診断
抗B.henselae IgGおよびIgM抗体価を測定する。IgM抗体陽性、またはペア血清(原則としては2週間隔で、2回血清を採取して抗体価を測定する)でIgGの4倍以上の上昇、あるいはIgGがワンポイントで256倍または512倍以上のときに、本症と診断できる。ただし、抗B.henselae抗体価の測定は国内では(商業ベースでは)行われていないため、結果が出るまでに2週間ほどかかる。
治療
マクロライド系抗生物質が一般的に用いられる。テトラサイクリン系抗生剤であるミノサイクリンも有効であるが、永久歯が生えていない年齢の小児には慎重に用いなければならない(副作用として、歯牙の着色を来たす可能性がある)。
膿瘍を形成している場合には、膿瘍を穿刺または切開して排膿させる必要がある場合もある。また、血液検査などで診断が困難であった場合にも、膿瘍から採取された膿からB.henselaeが検出されて診断が確定することもある。

原因菌は、リケッチアに属するBartonella henselaeである。猫に対しては全く病原性はないが、長い間、保菌状態になっており、18ヶ月以上も感染が続くこともある。猫から猫への菌の伝搬にはネコノミが関与している。猫の血を吸って感染したネコノミは、体内で菌を増殖させ糞便として排泄するが、それが猫の歯あるいは爪に付着する。そしてその猫に咬まれたり引っかかれたりすることによって人間の傷に感染すると考えられる。日本では猫の9〜15%が菌を保有している。喧嘩したり他の猫と接触の多い雄や野良猫に多い傾向がある。また、1〜3歳の若い猫の保菌率が高いという報告もある。犬からも抗体が検出され、犬からの感染報告がある。
その他、頻度は少ないが、感染猫の血液を吸ったネコノミが人間を刺して感染するという場合もある。
症状
猫にひっかかれた傷が10日後に赤く腫れる。典型的には、手の傷であれば腋窩リンパ節が、足の傷なら鼠径リンパ節が腫脹する。しかしながら、顔に傷がなくとも、頚部リンパ節の腫脹がみられることも稀ではない。
腫脹したリンパ節は多くの場合痛みを伴い、体表に近いリンパ節腫張では皮膚の発赤や熱感を伴うこともある。ほとんどの人で発熱が長く続き、全身倦怠、関節痛、嘔気等も出現する。特に治療を行わなくても、自然に治癒することも多い。しかし治癒するまでに数週間、場合によっては数ヶ月もかかることがある。
肝膿瘍を合併することがあり、免疫不全の人や、免疫能力の落ちた高齢者では、重症化して麻痺や脊髄障害に至るものもある。
検査
猫をはじめとした動物との接触歴のある患者で、リンパ節の腫脹に圧痛や熱感を伴う場合には、本症を疑う。ただし、動物の飼育歴が明らかでない患者も少なからずいるため、βラクタム系抗菌薬が無効であるリンパ節炎では、本症も視野に入れて検査・治療を進める必要がある。
血液検査
白血球増加、CRP上昇などの炎症反応がみられることがあるが、必須ではない。AST、ALT、LDHなどの肝逸脱酵素の上昇がみられることもある。
画像検査
超音波検査、CT、MRIなどの画像検査で、腫脹しているのがリンパ節であることを確認できる。また、リンパ節膿瘍の形成も画像検査により検出できる。
血清診断
抗B.henselae IgGおよびIgM抗体価を測定する。IgM抗体陽性、またはペア血清(原則としては2週間隔で、2回血清を採取して抗体価を測定する)でIgGの4倍以上の上昇、あるいはIgGがワンポイントで256倍または512倍以上のときに、本症と診断できる。ただし、抗B.henselae抗体価の測定は国内では(商業ベースでは)行われていないため、結果が出るまでに2週間ほどかかる。
治療
マクロライド系抗生物質が一般的に用いられる。テトラサイクリン系抗生剤であるミノサイクリンも有効であるが、永久歯が生えていない年齢の小児には慎重に用いなければならない(副作用として、歯牙の着色を来たす可能性がある)。
膿瘍を形成している場合には、膿瘍を穿刺または切開して排膿させる必要がある場合もある。また、血液検査などで診断が困難であった場合にも、膿瘍から採取された膿からB.henselaeが検出されて診断が確定することもある。