TBSの海保知里アナウンサー(31)が、米国駐在の映画会社社員(32)と近く結婚し、退社することになった。20日放送の出演番組「はなまるマーケット」で海保アナが明らかにした。
海保知里
千葉県千葉市出身。血液型はB型。身長163cm。
渋谷教育学園幕張高等学校を経て、東京女子大学現代文化学部卒業。1999年(平成11年)にTBSにラジオ志望で入社。同期は豊田綾乃、佐藤文康。
帰国子女で、英語は得意。英語検定1級所持。
2004年10月から『はなまるマーケット』で斎藤哲也とともに進行役。2005年3月28日からは斎藤哲也の降板に伴い、1人で進行役をしている。また『はなまるマーケット』エンディングでのお辞儀は、頭が机につくほど深い。
帰国子女の特長を生かし『Cat Chat 英語でFRIENDS DX』(BS‐iで放送中)ではネイティブスピーカーの発音を子供たちに教えているお姉さん“キャンディ”役を演じる(火曜はなまる「アマノッチのI can! You can!キャイ~ングリッシュ」でもこの役名でコーナー進行を担当)。この他にもCDTVのキャラクターの声も当てるなど、アナウンス以外の業務でも活躍している。
動揺しやすい性格な上に天然ボケキャラらしく、ラジオ番組『小堺一機のサタデーウィズ』のアシスタントを務めていた時は、映画『ライムライト』を「レモンライト」ととんでもない言い間違い発言をするなどし、しばしばパーソナリティーの小堺一機に突っ込まれ、同局の『伊集院光 日曜日の秘密基地』の『TBSラジオ 珍プレー大賞』にほぼ毎回ノミネートされていた。また、その『伊集院光 日曜日の秘密基地』でアシスタントを務めた際には、自分がラジオ志望で伊集院光の大ファンであったと語ったが、好きだったコーナーが違う番組であり、何より他局であるニッポン放送の思い出話(海保が学生時代聞いていた伊集院光のOh!デカナイト等)を伊集院にさせる等などの珍プレーを連発した。
生乾きの服をそのまま着ていってしまい、友人に「下水のにおいがする」と言われたことがある。
両親の出身地である香川県の名物かまどが好物だと語っている。
関根勤いわく「妙にセクシー」「女子アナ界の太地喜和子」。そのためか、地味なキャラクターではあるが熱烈なファンも数多く存在する。
愛称はガチャピン。
番組で取り上げられるダイエットネタに敏感に反応する。また『はなまるマーケット』の番組中で、中度の外反母趾であることが分かり、一念発起して改善させたことがある。
トマトジュースが大の苦手。”はなまるおめざ”で出された時はグラスを手に取るだけでいっさい口をつけなかった。
イラストが得意で、TBSサイトでは、2004年度及び2006年度のアナウンサー通信や、小堺一機のサタデーウィズの番組サイトのイメージイラストを担当していた実績がある。

海保知里
千葉県千葉市出身。血液型はB型。身長163cm。
渋谷教育学園幕張高等学校を経て、東京女子大学現代文化学部卒業。1999年(平成11年)にTBSにラジオ志望で入社。同期は豊田綾乃、佐藤文康。
帰国子女で、英語は得意。英語検定1級所持。
2004年10月から『はなまるマーケット』で斎藤哲也とともに進行役。2005年3月28日からは斎藤哲也の降板に伴い、1人で進行役をしている。また『はなまるマーケット』エンディングでのお辞儀は、頭が机につくほど深い。
帰国子女の特長を生かし『Cat Chat 英語でFRIENDS DX』(BS‐iで放送中)ではネイティブスピーカーの発音を子供たちに教えているお姉さん“キャンディ”役を演じる(火曜はなまる「アマノッチのI can! You can!キャイ~ングリッシュ」でもこの役名でコーナー進行を担当)。この他にもCDTVのキャラクターの声も当てるなど、アナウンス以外の業務でも活躍している。
動揺しやすい性格な上に天然ボケキャラらしく、ラジオ番組『小堺一機のサタデーウィズ』のアシスタントを務めていた時は、映画『ライムライト』を「レモンライト」ととんでもない言い間違い発言をするなどし、しばしばパーソナリティーの小堺一機に突っ込まれ、同局の『伊集院光 日曜日の秘密基地』の『TBSラジオ 珍プレー大賞』にほぼ毎回ノミネートされていた。また、その『伊集院光 日曜日の秘密基地』でアシスタントを務めた際には、自分がラジオ志望で伊集院光の大ファンであったと語ったが、好きだったコーナーが違う番組であり、何より他局であるニッポン放送の思い出話(海保が学生時代聞いていた伊集院光のOh!デカナイト等)を伊集院にさせる等などの珍プレーを連発した。
生乾きの服をそのまま着ていってしまい、友人に「下水のにおいがする」と言われたことがある。
両親の出身地である香川県の名物かまどが好物だと語っている。
関根勤いわく「妙にセクシー」「女子アナ界の太地喜和子」。そのためか、地味なキャラクターではあるが熱烈なファンも数多く存在する。
愛称はガチャピン。
番組で取り上げられるダイエットネタに敏感に反応する。また『はなまるマーケット』の番組中で、中度の外反母趾であることが分かり、一念発起して改善させたことがある。
トマトジュースが大の苦手。”はなまるおめざ”で出された時はグラスを手に取るだけでいっさい口をつけなかった。
イラストが得意で、TBSサイトでは、2004年度及び2006年度のアナウンサー通信や、小堺一機のサタデーウィズの番組サイトのイメージイラストを担当していた実績がある。
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発熱を伴う急性の呼吸器疾患で、届出伝染病に指定されている。主な症状としては発熱、咳、鼻水の垂下などが所見される。
感染力が高く、感染速度も速い。馬から馬へは感染するものの、馬から人などへの感染はない。ただし、犬には感染する(犬インフルエンザの原因になりうる)。インフルエンザウイルスの特徴として種特異性は極めて高い。冬に感染することが多いが、基本的には季節に関係なく流行しうる(たとえば、フランスでは1990年代後半から年間を通じて流行していた時期がある)。
ウマ1型ウイルス(A/equine/Prague/1/56(H7N7)。1956年、チェコのプラハで初めて分離)、ウマ2型ウイルス(A/equine/Miami/1/63(H3N8)。1963年、アメリカのマイアミで初めて分離)の2系統があるが、1980年以降ウマ1型ウイルスが確認されたことはなく、それ以降に流行しているのはウマ2型ウイルスである(ただし、1989-1990年に中国東北部で流行したものを除く)。毒性は、ウマ2型ウイルスの方が強いとされる。なお、1987年頃に,ウマ2型ウイルスは、ヨーロッパ系統とアメリカ系統の2つの系統に分岐し、それぞれヨーロッパとアメリカに定着している。
多くの患蓄が連続的に発生し馬の移動などが大きく制限され、また患蓄はしばらくの期間は競走に使用できなくなる事で、出走可能な競走馬の数的確保が困難になるため、競馬の開催については一定の期間は事実上不可能となる。
馬インフルエンザウイルスには鳥インフルエンザウイルスの様な死に直結する程の強い毒性は無い。また、馬伝染性貧血の様に治療やワクチンによる感染予防が不可能というものでもない。これら家畜伝染病予防法で指定されている疾病の場合、行政からの命令に基づいて患蓄の強制的な殺処分などの措置がとられるが、届出伝染病のレベルである馬インフルエンザに関しては基本的に殺処分される事はなく、患蓄である馬には治療が行われ、体調が回復すれば再び競走に出走できる。また、体調が回復し再度トレーニングを行えば、競走能力への影響もない。
なお、治療については基本的には、対症療法と安静が基本である。また、治療薬については、人間と同じく抗生物質などが状況に応じて選択されるが当然ウイルス自体に抗生物質はまったく無効で、二次細菌感染の予防目的で使用される。
日本国内で馬インフルエンザが初めて発生したのは1971年の12月で、関東地区を中心に大流行した。
これはニュージーランドより乗馬クラブが輸入した5頭の乗用馬が感染源となったものであったが(これには異説もあり、本当の感染源はフランスから輸入された種牡馬で、ニュージーランドから輸入された馬はこの種牡馬からウイルスを移されたに過ぎないという説もある。また、当時馬インフルエンザの清浄国であったニュージーランドの輸入馬がどのような経路で感染したかは不明であるとされている)、このインフルエンザウイルスに対して当時の日本は処女地であったため、日本のウマ類全体に広がり(最終的には26箇所)、とりわけ東日本地区の競走馬の間では発症する馬が続出、エピデミック(地域流行)の様相を呈した。
競馬場で最初に馬インフルエンザ患蓄が発生したのは南関東公営競馬の4競馬場である。馬インフルエンザはたちどころに猛威を奮い、これにより4場いずれも1971年の年末開催から開催の休止や開催日程の大幅な変更を強いられ、本来ならば年末の大一番である第17回東京大賞典は競馬再開後の翌1972年3月13日まで順延された他、浦和競馬場のニューイヤーカップなどの重賞競走が中止されるなどの影響が出た。
そして、これが中央競馬にも波及してゆく。中止前最後の開催となった1971年12月第3週(18、19日)の有馬記念の開催週の中山競馬で、感冒により出走を取りやめる馬が続出する異常事態が起き、これにより中央競馬でも『馬流行性感冒』が発生している事が明らかとなる。有馬記念も出走表の段階では9頭立てであったが、出走すれば一番人気が確実だったメジロアサマの他、アカネテンリュウ、カミタカの計3頭が出走を取り消し、実際に出走出来た6頭によるレースとなった(なお、有馬記念優勝馬は清水英次騎乗のトウメイであり、当日の一番人気だった横山富雄騎乗のメジロムサシは5着と敗れた)。
そして、1971年中央競馬のフィナーレを飾るはずだった中山大障害も中止に追い込まれ、南関東4場に続く形で中央競馬の東京・中山の厩舍群でもその後も感染の拡大は続いた。
年が明けた1972年、中央競馬における馬インフルエンザ流行のピークは感染騒動が始まって3週間目の1月8日で、この時点で1,986頭の患蓄が発生していた。
それから2ヶ月間、中央競馬の関東地区では1971年5回中山競馬7、8日目、1972年1・2回東京競馬の述べ9週にわたり全日程が開催中止のやむなきに至った(関西地区は平常日程通りの開催だった)。最終的には南関東地方競馬四場(大井、浦和、船橋、川崎)と中央競馬の関東地区の在厩馬のほとんど全てが感染したとも言われる(当時はまだ現在のように美浦トレーニングセンターがなく、東京競馬場と中山競馬場、中山競馬場白井分場に厩舎があった。それら関東地区の在籍馬が合計1,893頭だったのに対し、発症馬は1,766頭にも上った)。
なお、中央競馬の栗東トレーニングセンター、地方競馬他地区は入厩制限などの懸命の防疫体制を敷いたことが奏功し、感染防止に成功した為、競馬開催は通常通り行われた。
1972年の馬インフルエンザ流行の影響で、その年の上半期の関東地区の中央競馬開催日程について大幅な変更を余儀なくされることとなった。具体的には中央競馬では日本ダービーの開催が7月9日に延期されるなど、春季クラシック戦線にまで大きな影響を及ぼした。ちなみに日本ダービーの開催が阪神競馬場の宝塚記念より遅かったのは1968年(東京競馬場のスタンド改築のため)とこの1972年だけである。また、この年のクラシック戦線は牡馬で例を挙げればロングエース・ランドプリンス・タイテエムの『関西三強』が中心軸となるなど、インフルエンザの影響を受けなかった関西馬が全体的に優勢な状況となった。
1971年の馬インフルエンザ騒動は、競走馬の生産(繁殖)部門にも大きな影響をもたらした。例えば、メジロアサマは引退後種牡馬になったものの、無精子症に近く受胎率の低さに悩まされる事になったが、これは馬インフルエンザ治療で使用した抗生物質の副作用といわれている。その為、種付けをしても思うように受胎成績が上がらず種牡馬として廃用寸前に追い込まれたほどである。馬インフルエンザの影響でメジロアサマ同様に種牡馬及び繁殖馬失格に追い込まれた馬もいたと思われる。

感染力が高く、感染速度も速い。馬から馬へは感染するものの、馬から人などへの感染はない。ただし、犬には感染する(犬インフルエンザの原因になりうる)。インフルエンザウイルスの特徴として種特異性は極めて高い。冬に感染することが多いが、基本的には季節に関係なく流行しうる(たとえば、フランスでは1990年代後半から年間を通じて流行していた時期がある)。
ウマ1型ウイルス(A/equine/Prague/1/56(H7N7)。1956年、チェコのプラハで初めて分離)、ウマ2型ウイルス(A/equine/Miami/1/63(H3N8)。1963年、アメリカのマイアミで初めて分離)の2系統があるが、1980年以降ウマ1型ウイルスが確認されたことはなく、それ以降に流行しているのはウマ2型ウイルスである(ただし、1989-1990年に中国東北部で流行したものを除く)。毒性は、ウマ2型ウイルスの方が強いとされる。なお、1987年頃に,ウマ2型ウイルスは、ヨーロッパ系統とアメリカ系統の2つの系統に分岐し、それぞれヨーロッパとアメリカに定着している。
多くの患蓄が連続的に発生し馬の移動などが大きく制限され、また患蓄はしばらくの期間は競走に使用できなくなる事で、出走可能な競走馬の数的確保が困難になるため、競馬の開催については一定の期間は事実上不可能となる。
馬インフルエンザウイルスには鳥インフルエンザウイルスの様な死に直結する程の強い毒性は無い。また、馬伝染性貧血の様に治療やワクチンによる感染予防が不可能というものでもない。これら家畜伝染病予防法で指定されている疾病の場合、行政からの命令に基づいて患蓄の強制的な殺処分などの措置がとられるが、届出伝染病のレベルである馬インフルエンザに関しては基本的に殺処分される事はなく、患蓄である馬には治療が行われ、体調が回復すれば再び競走に出走できる。また、体調が回復し再度トレーニングを行えば、競走能力への影響もない。
なお、治療については基本的には、対症療法と安静が基本である。また、治療薬については、人間と同じく抗生物質などが状況に応じて選択されるが当然ウイルス自体に抗生物質はまったく無効で、二次細菌感染の予防目的で使用される。
日本国内で馬インフルエンザが初めて発生したのは1971年の12月で、関東地区を中心に大流行した。
これはニュージーランドより乗馬クラブが輸入した5頭の乗用馬が感染源となったものであったが(これには異説もあり、本当の感染源はフランスから輸入された種牡馬で、ニュージーランドから輸入された馬はこの種牡馬からウイルスを移されたに過ぎないという説もある。また、当時馬インフルエンザの清浄国であったニュージーランドの輸入馬がどのような経路で感染したかは不明であるとされている)、このインフルエンザウイルスに対して当時の日本は処女地であったため、日本のウマ類全体に広がり(最終的には26箇所)、とりわけ東日本地区の競走馬の間では発症する馬が続出、エピデミック(地域流行)の様相を呈した。
競馬場で最初に馬インフルエンザ患蓄が発生したのは南関東公営競馬の4競馬場である。馬インフルエンザはたちどころに猛威を奮い、これにより4場いずれも1971年の年末開催から開催の休止や開催日程の大幅な変更を強いられ、本来ならば年末の大一番である第17回東京大賞典は競馬再開後の翌1972年3月13日まで順延された他、浦和競馬場のニューイヤーカップなどの重賞競走が中止されるなどの影響が出た。
そして、これが中央競馬にも波及してゆく。中止前最後の開催となった1971年12月第3週(18、19日)の有馬記念の開催週の中山競馬で、感冒により出走を取りやめる馬が続出する異常事態が起き、これにより中央競馬でも『馬流行性感冒』が発生している事が明らかとなる。有馬記念も出走表の段階では9頭立てであったが、出走すれば一番人気が確実だったメジロアサマの他、アカネテンリュウ、カミタカの計3頭が出走を取り消し、実際に出走出来た6頭によるレースとなった(なお、有馬記念優勝馬は清水英次騎乗のトウメイであり、当日の一番人気だった横山富雄騎乗のメジロムサシは5着と敗れた)。
そして、1971年中央競馬のフィナーレを飾るはずだった中山大障害も中止に追い込まれ、南関東4場に続く形で中央競馬の東京・中山の厩舍群でもその後も感染の拡大は続いた。
年が明けた1972年、中央競馬における馬インフルエンザ流行のピークは感染騒動が始まって3週間目の1月8日で、この時点で1,986頭の患蓄が発生していた。
それから2ヶ月間、中央競馬の関東地区では1971年5回中山競馬7、8日目、1972年1・2回東京競馬の述べ9週にわたり全日程が開催中止のやむなきに至った(関西地区は平常日程通りの開催だった)。最終的には南関東地方競馬四場(大井、浦和、船橋、川崎)と中央競馬の関東地区の在厩馬のほとんど全てが感染したとも言われる(当時はまだ現在のように美浦トレーニングセンターがなく、東京競馬場と中山競馬場、中山競馬場白井分場に厩舎があった。それら関東地区の在籍馬が合計1,893頭だったのに対し、発症馬は1,766頭にも上った)。
なお、中央競馬の栗東トレーニングセンター、地方競馬他地区は入厩制限などの懸命の防疫体制を敷いたことが奏功し、感染防止に成功した為、競馬開催は通常通り行われた。
1972年の馬インフルエンザ流行の影響で、その年の上半期の関東地区の中央競馬開催日程について大幅な変更を余儀なくされることとなった。具体的には中央競馬では日本ダービーの開催が7月9日に延期されるなど、春季クラシック戦線にまで大きな影響を及ぼした。ちなみに日本ダービーの開催が阪神競馬場の宝塚記念より遅かったのは1968年(東京競馬場のスタンド改築のため)とこの1972年だけである。また、この年のクラシック戦線は牡馬で例を挙げればロングエース・ランドプリンス・タイテエムの『関西三強』が中心軸となるなど、インフルエンザの影響を受けなかった関西馬が全体的に優勢な状況となった。
1971年の馬インフルエンザ騒動は、競走馬の生産(繁殖)部門にも大きな影響をもたらした。例えば、メジロアサマは引退後種牡馬になったものの、無精子症に近く受胎率の低さに悩まされる事になったが、これは馬インフルエンザ治療で使用した抗生物質の副作用といわれている。その為、種付けをしても思うように受胎成績が上がらず種牡馬として廃用寸前に追い込まれたほどである。馬インフルエンザの影響でメジロアサマ同様に種牡馬及び繁殖馬失格に追い込まれた馬もいたと思われる。
2007年7月より絶賛放送中のテレビアニメ『ゼロの使い魔~双月の騎士~』。そのDVDが2007年9月21日よりリリース開始!!(全6巻。各巻2話収録。5250円[税込])
魔法の才能は”ゼロ”で、無駄に高いプライドとたま~に見せるデレ表情がアニメファンに直撃した史上最強(?)のツンデレ魔法使い・ルイズ。彼女の活躍が描かれるのが『ゼロの使い魔』。その第2シリーズとして放送中の『ゼロの使い魔~双月の騎士~』が、DVD化される。同作は、第1シリーズでおなじみのレギュラーキャラのほか、ルイズの”ツン”部分だけを集めたような長女エレオノールと、ルイズを身も心もおおらかにしたような次女カトレア、アンリエッタの側近であり、銃士隊隊長アニエスなど、新キャラクターの参戦でますます盛り上がりを見せている。
DVD第1巻初回限定版は、原作ライトノベルで挿絵を担当している兎塚エイジ描き下ろしの3巻収納BOXつき。さらに毎巻として、原作者・ヤマグチノボル書き下ろし『ゼロの使い魔』特製小説(兎塚エイジ描き下ろしイラスト入り)、藤井昌宏描き下ろしジャケット、ピクチャーレーベル仕様、オーディオコメンタリー(釘宮理恵&日野聡)などが特典として収録予定。また、第1巻には映像特典としてノンテロップOP&EDや番宣映像なども収録される。
キャスト
キャラクター名
キャスト名
ルイズ
釘宮理恵
平賀才人(サイト)
日野 聡
エレオノール
井上喜久子
カトレア
山川琴美
アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン
根谷美智子
ミシェル
石松千恵美
ジュリオ・チェザーレ
平川大輔
シェフィールド
勝生真沙子
発売日
2007年9月21日発売予定
価格
5250円[税込]
初回限定版特典
兎塚エイジ描き下ろし3巻収納BOX
毎回特典
・ヤマグチノボル書き下ろし『ゼロの使い魔』特製小説
・藤井昌宏描き下ろしジャケット
・ピクチャーレーベル仕様
・オーディオコメンタリー(釘宮理恵&日野聡)
映像特典
ノンテロップオープニング&エンディング・番宣映像など
収録内容
2話収録(本編約50分+特典)
商品仕様
カラー/(予)50分/ドルビーデジタル/片面1層/16:9スクイーズ
発売元
松竹(株)映像商品部
販売元
メディアファクトリー

魔法の才能は”ゼロ”で、無駄に高いプライドとたま~に見せるデレ表情がアニメファンに直撃した史上最強(?)のツンデレ魔法使い・ルイズ。彼女の活躍が描かれるのが『ゼロの使い魔』。その第2シリーズとして放送中の『ゼロの使い魔~双月の騎士~』が、DVD化される。同作は、第1シリーズでおなじみのレギュラーキャラのほか、ルイズの”ツン”部分だけを集めたような長女エレオノールと、ルイズを身も心もおおらかにしたような次女カトレア、アンリエッタの側近であり、銃士隊隊長アニエスなど、新キャラクターの参戦でますます盛り上がりを見せている。
DVD第1巻初回限定版は、原作ライトノベルで挿絵を担当している兎塚エイジ描き下ろしの3巻収納BOXつき。さらに毎巻として、原作者・ヤマグチノボル書き下ろし『ゼロの使い魔』特製小説(兎塚エイジ描き下ろしイラスト入り)、藤井昌宏描き下ろしジャケット、ピクチャーレーベル仕様、オーディオコメンタリー(釘宮理恵&日野聡)などが特典として収録予定。また、第1巻には映像特典としてノンテロップOP&EDや番宣映像なども収録される。
キャスト
キャラクター名
キャスト名
ルイズ
釘宮理恵
平賀才人(サイト)
日野 聡
エレオノール
井上喜久子
カトレア
山川琴美
アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン
根谷美智子
ミシェル
石松千恵美
ジュリオ・チェザーレ
平川大輔
シェフィールド
勝生真沙子
発売日
2007年9月21日発売予定
価格
5250円[税込]
初回限定版特典
兎塚エイジ描き下ろし3巻収納BOX
毎回特典
・ヤマグチノボル書き下ろし『ゼロの使い魔』特製小説
・藤井昌宏描き下ろしジャケット
・ピクチャーレーベル仕様
・オーディオコメンタリー(釘宮理恵&日野聡)
映像特典
ノンテロップオープニング&エンディング・番宣映像など
収録内容
2話収録(本編約50分+特典)
商品仕様
カラー/(予)50分/ドルビーデジタル/片面1層/16:9スクイーズ
発売元
松竹(株)映像商品部
販売元
メディアファクトリー
広島市安佐北区の産業廃棄物焼却施設の敷地内に、感染性廃棄物が入ったプラスチックケース(40リットル)約1万1000個、約110トンが野積みされていることが18日までに分かった。大阪市の産廃処理会社などが回収した廃棄物とみられ、大阪府警生活環境課などが廃棄物処理法違反容疑で捜査している。
調べでは、野積みされているのは、大阪市大正区の産廃処理会社「コートク」などが大阪府内の複数の医療機関から回収した使用済みの注射器や輸血用チューブ、ガーゼなどの廃棄物。
大阪市環境局によると、コートクは04年2月から06年4月にかけ、こうした感染性廃棄物を自社で処理せず、鳥取県や広島県の業者に処理を再委託するなどしていた。
再委託は無許可で行っており、大阪市は今年7月、廃棄物処理法違反容疑でコートクと同社社長を大正署に告発。産廃処分業などの許可を取り消した。
医療廃棄物
感染症の汚染源となる可能性があるため、適切に処分する必要がある。また感染症患者の療養の際に出る生活廃棄物(在宅中の各種廃棄物)の中にも、病原体によって汚染されている物が含まれるため、これらも医療廃棄物として適切に処分される事が望ましい。
医療廃棄物は医療行為に伴い発生するため、患者の持つ病原体と接触している可能性があり、生物学的な危険(バイオハザード)に属するリスクを併せ持つ。もちろん化学薬品など同様に環境破壊への対応や、リサイクルなどを通じた廃棄物の減量化など、通常の廃棄物と同じ背景や諸問題も抱えている。
医学面から見ると防疫の原則は「隔離と滅菌」であるから、感染源となる事物は健常人にとどまらず医療従事者からも効果的に隔離されることが必要で、それらは適切な滅菌措置が取られた後でなくては一般的なメンテナンスや廃棄処理がなされることが必要である。また、伝染病罹患者の衣服・寝具・生活用器具や排泄物が感染源となるとは古くから知られており、たとえば排泄物は、今日では治療施設に併設された浄化施設で適切に処理されている。
つぎに滅菌処理の観点から見ると、焼却か湿熱滅菌(オートクレーブ処理)が望ましく、焼却以外の乾熱滅菌では胞子性の細菌に対しては十分な滅菌ができないケースが発生する。それ以外の滅菌法、例えば、紫外線・γ線あるいはガスや薬剤を用いた滅菌(殺菌)法は特定の状況以外では無効な為、あくまでも危険に接触するリスクを軽減する以上の意味はない。一方医療の高度化に伴い、医療器具に用いられる素材や形状は金属やガラス製の単純な形状な物から、プラスチックや電子機器など加熱滅菌に適さない素材や複雑で汚染を拭い去ることが困難な形状のものが医療器具の大半を占めるようになってきている。それに伴い、患者に接触する部分を隔離する目的で、医療器具の「ディスポーザブル化」が急速に進行してきた。
日本では、廃棄物を処理・処分方法を規定する法律として廃棄物処理法があり、医療廃棄物についても同様にこの法律で規定されている。法による規定がなかった当時は、医療関係者の判断にゆだねられており、主に医療機関内の自家用小型焼却炉で処理・処分されていた。この自家焼却については、低温焼却炉から発生するダイオキシン類の発生問題により、医療施設内の焼却炉設置・維持が困難となり、事実上委託処理・処分により行われるようになり、外部委託が増大した。すなわち医療専門家の管理下から外部委託へと代わることを意味し、医療に従事しない第三者に対しても、防疫や基本的な医学的知識を普及させることが必要になってきた。このため、都道府県知事は感染性廃棄物についての収集運搬又は処分の業を、許可事業としている。
たとえば感染源に対するリスクは万人に対して等価ではない。HCVウイルスにより発症するC型肝炎を例に挙げると次にのようになる。C型肝炎はHCVウイルスが存在する体液(主に血液)が傷などを介して体内に進入することで感染する。しかし感染は直ちに発症を意味するわけではなく、輸血や針刺し事故など大量のウイルスが進入しない場合は、免疫反応によりウイルスの増殖が抑えられ発症しないキャリヤー(保菌者)となる場合も多い。たとえば日本のHCVウイルスキャリヤーは多く見積もって150万人と言われているので、肝炎ではない患者や健常人に見えても、臨床検査の為の血液サンプルや使用済み注射針には約1%の確率でHCVウイルスに汚染されていると考えることもできる。逆にHCV患者やキャリヤー以外の健常人では病原体に対する抗体が存在しない為、そのような健常人に一旦事故により大量のウイルスが進入するとその増殖や発症は速く、そういった意味では発症リスクは患者やキャリヤーよりも健常人の方が高い場合が存在する。
過去には、使い捨て注射針などを廃棄処分業者が、誤って手に刺したりしてB型肝炎に感染し劇症化したりする感染症被害を被る事例もあったため、この注射針をプラスチック製の使い捨て注射器ごと電磁波を照射して溶かし、注射針の滅菌を合わせて行ってプラスチック・ブロックに封入、安全に処分する事が出来る装置が開発され普及している。
しかしその一方で、近年では適切に処分されなかった物品が、不正に持ち出され、生物テロに悪用される事を懸念するケースも見られる。また病院から排出されたこれら医療廃棄物から、注射器を盗んだ薬物中毒患者が、薬物を乱用する際に使用済みの注射器を使用、感染するケースも報告されている。
また、日本各地の海岸には医療廃棄物が漂着し、問題となっている。これらは海外・国内で不法投棄されたものと思われる。

調べでは、野積みされているのは、大阪市大正区の産廃処理会社「コートク」などが大阪府内の複数の医療機関から回収した使用済みの注射器や輸血用チューブ、ガーゼなどの廃棄物。
大阪市環境局によると、コートクは04年2月から06年4月にかけ、こうした感染性廃棄物を自社で処理せず、鳥取県や広島県の業者に処理を再委託するなどしていた。
再委託は無許可で行っており、大阪市は今年7月、廃棄物処理法違反容疑でコートクと同社社長を大正署に告発。産廃処分業などの許可を取り消した。
医療廃棄物
感染症の汚染源となる可能性があるため、適切に処分する必要がある。また感染症患者の療養の際に出る生活廃棄物(在宅中の各種廃棄物)の中にも、病原体によって汚染されている物が含まれるため、これらも医療廃棄物として適切に処分される事が望ましい。
医療廃棄物は医療行為に伴い発生するため、患者の持つ病原体と接触している可能性があり、生物学的な危険(バイオハザード)に属するリスクを併せ持つ。もちろん化学薬品など同様に環境破壊への対応や、リサイクルなどを通じた廃棄物の減量化など、通常の廃棄物と同じ背景や諸問題も抱えている。
医学面から見ると防疫の原則は「隔離と滅菌」であるから、感染源となる事物は健常人にとどまらず医療従事者からも効果的に隔離されることが必要で、それらは適切な滅菌措置が取られた後でなくては一般的なメンテナンスや廃棄処理がなされることが必要である。また、伝染病罹患者の衣服・寝具・生活用器具や排泄物が感染源となるとは古くから知られており、たとえば排泄物は、今日では治療施設に併設された浄化施設で適切に処理されている。
つぎに滅菌処理の観点から見ると、焼却か湿熱滅菌(オートクレーブ処理)が望ましく、焼却以外の乾熱滅菌では胞子性の細菌に対しては十分な滅菌ができないケースが発生する。それ以外の滅菌法、例えば、紫外線・γ線あるいはガスや薬剤を用いた滅菌(殺菌)法は特定の状況以外では無効な為、あくまでも危険に接触するリスクを軽減する以上の意味はない。一方医療の高度化に伴い、医療器具に用いられる素材や形状は金属やガラス製の単純な形状な物から、プラスチックや電子機器など加熱滅菌に適さない素材や複雑で汚染を拭い去ることが困難な形状のものが医療器具の大半を占めるようになってきている。それに伴い、患者に接触する部分を隔離する目的で、医療器具の「ディスポーザブル化」が急速に進行してきた。
日本では、廃棄物を処理・処分方法を規定する法律として廃棄物処理法があり、医療廃棄物についても同様にこの法律で規定されている。法による規定がなかった当時は、医療関係者の判断にゆだねられており、主に医療機関内の自家用小型焼却炉で処理・処分されていた。この自家焼却については、低温焼却炉から発生するダイオキシン類の発生問題により、医療施設内の焼却炉設置・維持が困難となり、事実上委託処理・処分により行われるようになり、外部委託が増大した。すなわち医療専門家の管理下から外部委託へと代わることを意味し、医療に従事しない第三者に対しても、防疫や基本的な医学的知識を普及させることが必要になってきた。このため、都道府県知事は感染性廃棄物についての収集運搬又は処分の業を、許可事業としている。
たとえば感染源に対するリスクは万人に対して等価ではない。HCVウイルスにより発症するC型肝炎を例に挙げると次にのようになる。C型肝炎はHCVウイルスが存在する体液(主に血液)が傷などを介して体内に進入することで感染する。しかし感染は直ちに発症を意味するわけではなく、輸血や針刺し事故など大量のウイルスが進入しない場合は、免疫反応によりウイルスの増殖が抑えられ発症しないキャリヤー(保菌者)となる場合も多い。たとえば日本のHCVウイルスキャリヤーは多く見積もって150万人と言われているので、肝炎ではない患者や健常人に見えても、臨床検査の為の血液サンプルや使用済み注射針には約1%の確率でHCVウイルスに汚染されていると考えることもできる。逆にHCV患者やキャリヤー以外の健常人では病原体に対する抗体が存在しない為、そのような健常人に一旦事故により大量のウイルスが進入するとその増殖や発症は速く、そういった意味では発症リスクは患者やキャリヤーよりも健常人の方が高い場合が存在する。
過去には、使い捨て注射針などを廃棄処分業者が、誤って手に刺したりしてB型肝炎に感染し劇症化したりする感染症被害を被る事例もあったため、この注射針をプラスチック製の使い捨て注射器ごと電磁波を照射して溶かし、注射針の滅菌を合わせて行ってプラスチック・ブロックに封入、安全に処分する事が出来る装置が開発され普及している。
しかしその一方で、近年では適切に処分されなかった物品が、不正に持ち出され、生物テロに悪用される事を懸念するケースも見られる。また病院から排出されたこれら医療廃棄物から、注射器を盗んだ薬物中毒患者が、薬物を乱用する際に使用済みの注射器を使用、感染するケースも報告されている。
また、日本各地の海岸には医療廃棄物が漂着し、問題となっている。これらは海外・国内で不法投棄されたものと思われる。
日本最大級のキャラクター&ホビーイベント、”C3×HOBBY 2007”(以下、キャラホビ 2007)が、2007年8月18日に千葉県の幕張メッセで開催された。キャラクター、トイ、ホビー、映像、ゲームなどのコンテンツが一堂に会するこのイベントでは、エンターテインメント関連メーカーのブースで新商品情報や各種ステージが堪能できるほか、プロ、アマチュア双方が参加可能なイベント限定マーケットでレアなフィギュアなどを購入することもできる。イベントは2007年8月19日まで開催されていて、各メーカーブースの出展内容は両日とも同じだが、イベント限定マーケットが初日は”マーケットアマチュア”で、2日目が”マーケットPRO”となっている。
全ブースのなかで最大規模の広さを誇るバンダイナムコゲームスブースでは、『ガンダム』関連のコンテンツを大々的にフューチャー。2007年10月放送開始予定のアニメ『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』に登場するモビルスーツのガンプラおよびフュギュアの展示や、アーケードで稼働中のドームスクリーン式戦術チーム対戦ゲーム『機動戦士ガンダム 戦場の絆』を使ったゲーム大会など、まさに『ガンダム』一色。また、家庭用ゲームの体験台もいくつか設置され、そちらも好評を博していた。
バンダイナムコゲームスに次ぐブース面積のバンプレストブースでは、2007年9月6日発売予定のプレイステーション2用ソフト『Another Century`s Episode 3 THE FINAL(アナザーセンチュリーズエピソード3 ザ ファイナル)』が初プレイアブル出展された。操作可能なキャラクターが異なる体験台が7つ設置されたほか、200インチを超える大画面ディスプレイでの体験プレイも実施。多くの来場者が足を止め、大迫力で映し出される激しいバトルに見入っていた。そのほかに、2008年1月31日発売予定のプレイステーション2用ソフト『涼宮ハルヒの戸惑』、2007年9月中旬稼動予定の業務用ガンシューティングゲーム『機動戦士ガンダム スピリッツ オブ ジオン 戦士の記憶』のコーナーも設けられており、ほかのメーカーに比べてかなりゲーム色の強いブース展開となった。
エンターテインメント関連コンテンツが盛りだくさんのこのイベントは2007年8月19日まで開催されているので、ゲーム、アニメ、フュギュアいずれかに興味がある人は足を運んでみては?
全ブースのなかで最大規模の広さを誇るバンダイナムコゲームスブースでは、『ガンダム』関連のコンテンツを大々的にフューチャー。2007年10月放送開始予定のアニメ『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』に登場するモビルスーツのガンプラおよびフュギュアの展示や、アーケードで稼働中のドームスクリーン式戦術チーム対戦ゲーム『機動戦士ガンダム 戦場の絆』を使ったゲーム大会など、まさに『ガンダム』一色。また、家庭用ゲームの体験台もいくつか設置され、そちらも好評を博していた。
バンダイナムコゲームスに次ぐブース面積のバンプレストブースでは、2007年9月6日発売予定のプレイステーション2用ソフト『Another Century`s Episode 3 THE FINAL(アナザーセンチュリーズエピソード3 ザ ファイナル)』が初プレイアブル出展された。操作可能なキャラクターが異なる体験台が7つ設置されたほか、200インチを超える大画面ディスプレイでの体験プレイも実施。多くの来場者が足を止め、大迫力で映し出される激しいバトルに見入っていた。そのほかに、2008年1月31日発売予定のプレイステーション2用ソフト『涼宮ハルヒの戸惑』、2007年9月中旬稼動予定の業務用ガンシューティングゲーム『機動戦士ガンダム スピリッツ オブ ジオン 戦士の記憶』のコーナーも設けられており、ほかのメーカーに比べてかなりゲーム色の強いブース展開となった。
エンターテインメント関連コンテンツが盛りだくさんのこのイベントは2007年8月19日まで開催されているので、ゲーム、アニメ、フュギュアいずれかに興味がある人は足を運んでみては?