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2026/05/04 06:13 |
気を付けよう!催眠商法
無料プレゼントや安価な食料品や日用雑貨といった生活必需品の商品販売を餌に、高齢者や主婦などといった客を集め、その購買意欲を異常なまでに高めた上で、あたかも安価で貴重な商品を売っていると錯覚させて、高価な(また市価よりも遥かに高い)商品を売り付ける商法である。

売りつけるものは布団や健康食品、健康機器などが多い。

日本において1990年代以降に問題となり、客がその場の勢いに飲まれて、冷静な判断が出来ない状態で商品の購入をしてしまう事から、特定商取引に関する法律(特定商取引法)において強く規制されている。

同法においては、催眠商法は訪問販売の一種として扱われる。(業者が客の自宅などに訪問して販売行為を行わないのに「訪問販売」というのは違和感があろうが、同法の上では「訪問販売」である。)

このため一定期間内であれば無条件の解約を保証したクーリングオフ制度の適用がある。これは、客が契約後でも、冷静になって契約の必要性を検討し不要であれば無条件に解約できるという制度である。また、勧誘目的であることをの意図を隠しての売り方は禁止行為となっている。

詳しい法律上の定義や禁止事項に関しては、訪問販売の定義の項を参照されたし。
なお、この商法では空き店舗、もしくは空きビルの一室を数日~1ヶ月という短い単位で借り受けるなどして行われ、一定期間荒稼ぎした後に忽然と姿を消すことも多い。客の手元に残るのは、販売会のチラシと、本当は欲しくも無かった高価な商品と、クレジット会社が提供したローンだけである。このようなイベント開催型の商法(展示会商法)形態も、客が冷静になった際に解約や返品する事を阻む要素であるため、ことさら問題視された。

また、スーパーマーケットなどの新装開店にタイミングを合わせ、近隣で関連イベントを装って出店するケースもあり、注意が必要である。

歴史
この商法の歴史は意外に古い。始めたのは新製品普及会という業者で、同社は島津幸一により発足され1965年より営業を開始、チラシなどで食料品や日用品を安価で販売する・もしくは無料で配布するとした上で客を集め、一定数集まった所で競売形式の商品販売を開始して、一種熱狂的な状況を作り出した。

最初のうちこそは余り高額ではない商品を競売の形で大量に提供するが、「それでは次の商品、買いたい人は手を挙げて!」とした時に、ほとんど無条件で挙手してしまう様になった頃合を見計らい、高価な羽毛布団や健康器具を出し、勢いに乗ってつい挙手してしまった人に購入させるという形式を取る。なお、客の何割かにサクラ(当て馬とも・熱狂的状況を作り出すための、業者自身が手配した客のフリをしている人)を配している事もあるため、ことさら商倫理的に問題視されるケースも見られる。

なおこの商法は、テキヤ商法(路上販売の一種で、サクラなどの手法が経験則から盛り込まれており、様々な雑貨を扱うが、実際の所は商品価値の無い物を高値で売り付ける詐欺的商法である)を人間心理学的なアレンジを加えた物だとされており、後に様々な業者(新製品普及会の関係者が興した類似業者や、さらにその孫コピー業者など)が派生、1990年代半ば~末頃まで盛んに同種商法が見られた。

これらの商法では、主に高齢者や主婦といった「安売り」や「特売」に弱い層を狙い撃ちとし、高価な商品を売りつけた上で、販売会以降ではロクに解約・返品にも応じない事から、これら類似業者の活動が活発化した1990年代頃から国民生活センター等に数多くの相談が持ち込まれ、社会問題となった。

この問題に関しては2004年11月より特定商取引法が改正され、一般の人が出入りしない(公共の場所ではない)場所での、本来客に販売したい商品や勧誘目的を隠しての連れ込みや販売行為が禁止となったが、これを回避するためか、中心市街地の衰退によって増えた空き店舗を使うことが多くなっている。

また、1998年頃より暴力的な同商法に対する事例も報告されるなどしており、これら商法と平行して暴力的キャッチセールスが行われていると見られる。これらでは肉体的な暴力の他に、恐喝されたりした事例も見られる。いずれにせよ、消費者の側はプレゼントなどの甘言に乗って会場に行く事自体が、これら商法の被害を被る危険がある行為だといえよう

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2007/08/23 22:10 | 日記
深川丼
飯の上に、アサリやハマグリとねぎなどの野菜などを煮込んだ味噌汁をかけた丼のこと。

隅田川の河口あたりは、アサリがよく取れたことからきているらしい。 江戸時代末期に江戸深川の漁師が食べ始めたのが由来といわれている。 漁獲が豊富であったため単価が安く、調理が簡単のため早く用意が出来、さらにす早くかき込むことができることが好まれたようである。ただ、当時は時間がかからない方法で味噌汁をぶっかけた方法が取られていたのであって郷土料理という感覚はなかったものと思われる。

江東区の深川、門前仲町あたりでは、深川丼の看板を出した店があちこちにある。 また近年ではアサリやハマグリを炊きこんだご飯を、深川丼として提供する店もある。 炊き込んだ物は元々は深川飯(ふかがわめし)と呼ばれていたが、近年は混同されるようになった。この炊き込んだ「深川飯」仕立てのものは、前述の深川丼をアレンジし、近年になって登場したものである。また、近年は、ご飯の上に煮たアサリを乗せた蒸籠蒸しの深川飯を出す店もある。
お薦め深川丼の具

2007/08/23 22:07 | 日記
コピー版バイアグラ
成分がバイアグラと同等とされる薬品も発売されている。インドの製薬会社が製造しているこの薬品はカマグラなる名称で発売されている。一般的に医薬品に関する特許には「成分特許」と「製法特許」の2種類があるが、インドでは「成分特許」が認められていないため、製法さえ異なれば成分が全く同じ物であっても合法的に薬品を製造販売することが可能である。そのためインドでは多くのコピー薬品が作られ正規の薬品よりも安価で販売されている。カマグラもその1つで効果は殆どバイアグラと同じであるが、価格は概ね3分の1ほどである。これもバイアグラ同様、インターネットなどで個人代行輸入業者が取り扱っているようだ。

なお、バイアグラ自体の特許は依然有効であるので、これはいわゆるジェネリック医薬品ではない

バイアグラに絡む社会現象
勃起不全は男性にとって、アイデンティティへの脅威であると共に、専門医に対しても相談しにくい症状である。このためインターネット上の通信販売等に於いては一定量の市場が存在する。その一方で、迷惑メール等の宣伝行為を行う前出の個人輸入代行による業者も多く、これら業者の活動が一般のインターネット利用者からは問題視される事態も発生している。

特に迷惑メールでは、無差別に送信される事もあり、また用途(性行為に関する不具合を改善する治療薬)に絡んで、本来これらの情報に触れるべきではないと考えられている児童等に対しても同種の広告が届く事もあるため、ネット上の社会問題となっている。一方、同薬の効能が世間に広く知られるにつれ、ニセの薬品を高値で売りつける業者もあるとされ、こちらも問題となっている。

また日本国内では販売が認可されていない 100 mg 錠を扱う業者もあり、2003年10月6日には同錠を扱った仙台市の業者が逮捕される事件も発生している。

作用メカニズムと副作用
バイアグラ(シルデナフィル)は、生体内でサイクリック GMP の分解を行っている5型ホスホジエステラーゼ (PDE-5) の酵素活性を阻害する。これが陰茎周辺部のNO作動性神経に作用して血管を拡張させ、血流量が増えることによって機能すると考えられている。

ただし、この作用メカニズムは心臓病の治療に用いるニトログリセリン等の硝酸塩系薬剤と同様のものであるため、副作用として血圧の急激かつ大幅な低下や、心臓への酸素供給に支障をきたす狭心などがあらわれることがある。特に同薬服用時に狭心発作に見舞われ、救急病院に搬送された際、服用者が同薬使用を告げずに硝酸塩系薬剤を投与され、症状が悪化・最悪の場合には死亡するケースも見られる。

ファイザー側はこの同薬に関する問題に対して、医師・薬剤師への禁忌情報の提供を行うと共に、錠剤パッケージ裏にニトログリセリン等硝酸塩系薬剤との併用が出来ない旨を記載している。


2007/08/23 22:04 | 未分類
フョードル・ミハイロビッチ・ドストエフスキー
モスクワの貧民救済病院の医師の次男として生まれ、15歳までモスクワの生家で暮らした。作家時代を送ったペテルブルクは物語の舞台として数々の作品に登場する。

1846年、処女作『貧しき人々』を批評家ベリンスキーに激賞され、華々しく作家デビューを果たす。デビュー前のドストエフスキーから直接作品を渡されて読んだ詩人ネクラーソフが、感動のあまり夜中にドストエフスキー宅を訪れたという逸話は有名である。その後空想的社会主義サークルのサークル員となったため、1849年に官憲に逮捕される。死刑判決を受けるも、処刑間際で特赦が与えられ、1854年までシベリアで服役。この時の体験に基づいて後に『死の家の記録』を著す。 刑期終了後、兵士として勤務した後1858年にペテルブルクに帰還。この間に理想主義者的な社会主義者からキリスト教的人道主義者へと思想的変化があったとされる。その後『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』などの長編を発表。短編も少なからず残されている。 自身の賭博好きな性質、シベリア流刑時代に悪化した持病のてんかん(側頭葉てんかんの一種と思われる。恍惚感をともなう珍しいタイプのてんかん)などが創作に強い影響を与えており、これらは重要な要素としてしばしば作品中に登場する。

また、小説以外の著作として『作家の日記』がある。これはいわゆる日記ではなく、雑誌『市民』でドストエフスキーが担当した文芸欄(のちに個人雑誌として独立)であり、文芸時評(トルストイ『アンナ・カレーニナ』を絶賛)、政治・社会評論、エッセイ、短編小説、講演原稿(プーシキン論)、宗教論(熱狂的なロシアメシアニズムを唱えた)などを含み、後年ドストエフスキー研究の貴重な文献として参照されることとなった。

1881年1月28日に家族に看取られながら60歳で亡くなる。死去するまでに残した著作は全部で35篇である。

ドストエフスキーが日本文学に与えた影響は計り知れない。ドストエフスキー熱は現在でも冷めることなく、「ドストエーフスキイの会」(木下豊房代表)、「ドストエーフスキイ全作品を読む会」などがある。

ドストエフスキーの末裔、ドミトリー氏は現在もサンクト・ペテルブルグで活躍中。関東(早稲田大学)、関西(天理大学)で2004年に来日記念講演を行った。

著作
1841年『マリア・ステュアルト』、『ボリス・ゴドゥノフ』(いずれも現存せず)
1846年『貧しき人びと』、『分身』、『プロハルチン氏』、『剃り落とされた頬髯』、『廃止された役所の話』(後の二作品は現存せず)、
1847年『九通の手紙にもられた小説』、『ペテルブルグ年代記』、『家主の妻』
1848年『他人の妻』、『弱い心』、『ポルズンコフ』、『世なれた男の話』(のちに改稿の上『正直な泥棒』と改題)、『クリスマス・ツリーと結婚式』、『白夜』、『嫉妬ぶかい夫』(のちに『他人の妻』と合わせて『他人の妻とベッドの下の夫』と改題)
1849年『ネートチカ・ネズワーノワ』
1857年『小英雄』
1859年『伯父様の夢』、『ステパンチコヴォ村とその住人』いづれも笑劇的な滑稽小説であるが、不当に無視されている。
1969年『死の家の記録』
1861年『虐げられた人びと』、『ペテルブルグの夢―詩と散文』
1862年『いまわしい話』
1863年『冬に記す夏の印象』
1864年『地下室の手記』
1865年『鰐』(未完)
1866年『罪と罰』、『賭博者』
1868年『白痴』
1869年『大いなる罪人の生涯』(創作ノート)
1870年『永遠の夫』
1871年『悪霊』
1873年『ボボーク』*
1875年『未成年』
1876年『キリストのもみの木祭りに行った男の子』*、『百姓マレイ』*、『百歳の老婆』*、『やさしい女』*
1877年『おかしな人間の夢』*
1880年『カラマーゾフの兄弟』
題名のあとに「*」をつけてあるものは『作家の日記』に収録された短編である。

一般に『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『未成年』、『カラマーゾフの兄弟』が、ドストエフスキーの5大作品と呼ばれている


2007/08/23 21:51 | 日記
有名な隠しコマンド
コナミコマンド
ゲーム会社のコナミが、自社シューティングゲームソフトのグラディウス(ファミリーコンピュータへの移植版・1986年4月25日発売)にて組み込んでいた。ゲーム中に一旦停止(ポーズ)して「上・上・下・下・左・右・左・右・B・A(A・Bはそれぞれの操作ボタン)」と入力する事で、一瞬の内に最強武装状態になるというもの。同ゲームが、各ステージの途中でミスすると、かなりの苦戦を強いられる高い難易度の物であった事から、上手く操作できずにミスした場合に非常にありがたいコマンドであった。後にコナミはこのグラディウスをシリーズ化、更に多機種へと移植したが、それらにあっても同隠しコマンドが利用できた。なお一説には、MSX版ツインビーの方が同コマンドを先に搭載していたとも言われている。後に他のゲームでも同種のコマンドが組み込まれていたため、メーカーの名を取ってコナミコマンドと呼ばれた。

↓R↑LYBXA
ゲーム会社カプコンの格闘ゲームストリートファイターIIのスーパーファミコン版で同キャラ対戦を発動させるために入力するコマンド。ストリートファイターIIターボでは、1Pで入力すると必殺技の使用が不可になり、2Pで入力するとスピードを選択する星の数が4つから10個に増える。また対戦モードでハンディキャップを調整する画面で入力するとキャラクターの個々の必殺技の使用・不使用を設定できる。ファイナルファイト2でも使用でき、2人用モードで同じキャラを選べるようになる。

PC-1245
シャープより1983年(?)に発売されたこのポケットコンピュータは、当時流行したBASICによるプログラミングの入門機として、カシオのPB-100シリーズと並んで安価(17,800円)であった事から大いに人気を博した。しかし後に、同機に PEEK ・ POKE ・ CALL という、従来はデスクトップ機やポケットコンピュータでも高級な機種にしか搭載されていなかった機械語関連のコマンドが搭載されていた事が発見されたために、当時のマイコン少年を熱狂させる原因となった。これにより、ゲームも作れたほか、様々な利用方法が発生したためである。
これらの機械語関連隠しコマンドは、下手に実行すれば本来は安定性やプログラミングし易さが売りの筈のポケットコンピュータを、暴走させかねない危険なコマンドであったが、予め用意されていた文字と記号しか扱えないはずのポケットコンピュータで、ドット絵と呼ばれる画面表示を最大限利用したり、一音程しか扱えない同機に在って、様々な音程(周波数帯域で指定)を出させる事が可能であった。同機は2000年代に到っても熱心なユーザーを持つ程で、長らくマイコンBASICマガジン等のプログラム投稿誌に、投稿プログラムが掲載され続けた。
なお後継・コストダウン機種のPC-1246では、このコマンドが抹消された。このためPC-1245は発売から既に20年以上経過した今日でもネットオークション上で高値取引されており、機械語プログラミングの関連書籍すら6,000円の値段が付いている模様である。

ゲームと隠しコマンド
コンピュータゲームに於いては、チートコードとも呼ばれ、一定の隠し要素(チートモード)を呼び出す際に利用される。(チートの項を参考の事)

これらの古い物では、所謂デバッグモードと呼ばれる、製品になる以前の動作テスト段階で組み込まれた機能である場合や、プログラマーが製作中に意図して組み込んだ遊び心としての物であったが、日本において1980年代中葉から後半には、これら隠しコマンドを組み込む事で、消費者にゲーム本来の楽しさとは別に、隠しコマンドを探す・使う楽しみを提供できるとして、ゲームメーカーが企画開発段階から意図的に組み込む事が流行した。中には、この隠しコマンドを利用しないと「誰がプレイしても絶対的にゲームをクリアする事は不可能」という本末転倒なゲーム(これらには俗にクソゲーと呼ばれた物に多い)まで登場した。
これを最も先鋭化させ、上手に利用したゲームがドルアーガの塔といわれている。

その一方、同時代にはゲームを紹介する雑誌が多数あったが、これらの雑誌でいち早く隠しコマンドを発見・掲載する事が雑誌の売上に繋がったため、各誌出版社はこぞって隠しコマンド情報の収集に奔走した。中にはゲームソフトをリバースエンジニアリングで解析して掲載したり、開発スタッフに金品を提供して情報を入手しようとする所まであった。また、1980年代後半以降のテレビゲーム雑誌が乱立した時期には、ゲームソフトと雑誌の相互販売促進タイアップの一環として、意図的な隠しコマンドが組み込まれたケースも少なくない。この場合、雑誌は特集記事などとしてそのゲームソフトを大々的な記事とする代わりに、独占情報として隠しコマンドを発表するといった販売戦略が取られた。

現在ではゲーム雑誌が開発者側から「ゲームソフト発売からX日経ったら記事として公開してもよい」などの条件をつけて、隠しコマンドも含めてあらかじめ資料の供給を受けるケースが多く、たとえ偶然発見した読者からの報告などがあったりしても勝手な公開は許されない。

今日では、コンピュータゲームの難易度を極端に高くし過ぎると、所謂マニアにしか受けないゲームとなり売上に悪影響を及ぼすため、程々の難易度を設定するゲームが増えた関係で、プレーヤーに極端に有利な条件を提供する隠しコマンドは少なくなった。その一方で、ゲームの表現力やゲーム媒体の情報記憶量増大に伴い、オマケのゲームを呼び出せる隠しコマンドや、ゲーム中のキャラクターを色々に変更して遊べるオマケ要素を呼び出せる物が登場している。

また日本以外の国では、ゲームの長期間の売上を確保するため、ゲーム発売後に一定期間をおいてメーカー側からチートコードを発表し、徐々にゲームの難易度を下げさせる事で、最初の内は難しそうだからと敬遠していたユーザーの発掘を行うマーケティング手法もある模様だ。

2007/08/23 21:48 | ゲーム

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