1989年の第28回東京モーターショーに参考出品され1990年にギャランΣ・エテルナΣの後継車として発売。
当時、このクラスの上級セダンはFRの駆動方式を採用するのが定番であったが、ディアマンテはFFの駆動方式を採用。また、発売当初より4WDの設定があり、当時の上級セダンでは珍しかった(後にはFFのみの設定となった)。
ライバルであるトヨタ・マークII3姉妹や日産・セフィーロ等の5ナンバー規格の乗用車が一般的な中に、比較的割安な価格帯で3ナンバー専用大柄なボディーにBMW風のスタイリッシュなデザイン、マルチビジョンや三菱インテリジェントコックピットシステムなどをはじめ、規格改正で特に排気量2.5Lまでの車の税金が下がった時期に3種類のV6エンジン(3L、2.5L、2L)とFF以外に4WDも選べると言う選択肢の広さもあり、後の3ナンバーミドルクラス乗用車へ与えた影響はかなり大きく、ユーザーからは好評を得て1990−91日本カー・オブ・ザ・イヤーも獲得する。
初代ディアマンテをベースに開発されたセダン「シグマ」は事実上姉妹車である。
GTOはこの型のディアマンテをベースに作られている。
舘ひろし主演のドラマ『代表取締役刑事』『愛しの刑事』でも使われた。
1992年11月 マイナーチェンジ。2000ccはSOHC24バルブの6A12型に変更。
1993年3月 マグナワゴンの後継としてディアマンテワゴンが豪州アデレードのオーストラリア三菱で製造、日本に輸入された。
1993年11月 再度のマイナーチェンジでフロントグリルをボディカラーと同色化。廉価グレードのEシリーズはエスパーダに集約された。
韓国・現代自動車のソナタ(2代目)とマルシアはこの型のディアマンテのプラットフォームを用いている。
1995年2月にモデルチェンジ。イメージ的には初代のキープコンセプトだがフロントノーズが逆スラントからやや垂直になりテールランプもL型になった。駆動方式もFF/4WDを設定。
MIVEC機構を搭載した270馬力を発生する6G72エンジンを積んだ30M/30M-SE。DOHC24バルブ230馬力6G72型を搭載する30R/30R-SE。2.5LにはDOHC24バルブ200馬力の25V/25V-SE。省燃費MVV仕様SOHC24バルブ175馬力レギュラーガソリン仕様の25Eのあわせて2種類4タイプのエンジンがラインナップされていた。
ハイテク装備と安全装備はより洗練されGPSカーナビゲーションは音声ガイドがついた。
1997年8月マイナーチェンジ。テールランプが分割式となり、3.0LのGDIのみとなる。
この時シグマパトカーの後継としてパトカー仕様が設定される。台数は少なく埼玉・静岡・長崎などでしか配備されておらず製造期間も2年弱と短く、リコール隠しもあったために通常よりも早く姿を消した。耐久性を考慮してこのモデルにはGDIエンジンは搭載されていない。
1997年10月(オーストラリアは4月)にワゴンもモデルチェンジしたが売り上げは芳しくなく1999年に輸入を終了した。
1999年10月 マイナーチェンジ。GDIを積んで2.5Lが復活。テールランプが縦型になる。
2002年9月 3000/2500のGDIエンジンから2.5L SOHCのFFのみとなる。
2003年海外仕様のみマイナーチェンジ。ブーレイ顔が採用された。
2005年6月15日、セダン需要の低迷を理由に、三菱自動車は中大型セダン市場からの撤退を決定、同年12月に国内での生産と販売を終了した。
プラットフォームは現代自動車と傘下の起亜自動車で幅広く利用され、グレンジャー(XG型(ヒュンダイXG))、ソナタ(EF型)、サンタフェ(SM型)、トラジェ、オプティマのベースとなった。

当時、このクラスの上級セダンはFRの駆動方式を採用するのが定番であったが、ディアマンテはFFの駆動方式を採用。また、発売当初より4WDの設定があり、当時の上級セダンでは珍しかった(後にはFFのみの設定となった)。
ライバルであるトヨタ・マークII3姉妹や日産・セフィーロ等の5ナンバー規格の乗用車が一般的な中に、比較的割安な価格帯で3ナンバー専用大柄なボディーにBMW風のスタイリッシュなデザイン、マルチビジョンや三菱インテリジェントコックピットシステムなどをはじめ、規格改正で特に排気量2.5Lまでの車の税金が下がった時期に3種類のV6エンジン(3L、2.5L、2L)とFF以外に4WDも選べると言う選択肢の広さもあり、後の3ナンバーミドルクラス乗用車へ与えた影響はかなり大きく、ユーザーからは好評を得て1990−91日本カー・オブ・ザ・イヤーも獲得する。
初代ディアマンテをベースに開発されたセダン「シグマ」は事実上姉妹車である。
GTOはこの型のディアマンテをベースに作られている。
舘ひろし主演のドラマ『代表取締役刑事』『愛しの刑事』でも使われた。
1992年11月 マイナーチェンジ。2000ccはSOHC24バルブの6A12型に変更。
1993年3月 マグナワゴンの後継としてディアマンテワゴンが豪州アデレードのオーストラリア三菱で製造、日本に輸入された。
1993年11月 再度のマイナーチェンジでフロントグリルをボディカラーと同色化。廉価グレードのEシリーズはエスパーダに集約された。
韓国・現代自動車のソナタ(2代目)とマルシアはこの型のディアマンテのプラットフォームを用いている。
1995年2月にモデルチェンジ。イメージ的には初代のキープコンセプトだがフロントノーズが逆スラントからやや垂直になりテールランプもL型になった。駆動方式もFF/4WDを設定。
MIVEC機構を搭載した270馬力を発生する6G72エンジンを積んだ30M/30M-SE。DOHC24バルブ230馬力6G72型を搭載する30R/30R-SE。2.5LにはDOHC24バルブ200馬力の25V/25V-SE。省燃費MVV仕様SOHC24バルブ175馬力レギュラーガソリン仕様の25Eのあわせて2種類4タイプのエンジンがラインナップされていた。
ハイテク装備と安全装備はより洗練されGPSカーナビゲーションは音声ガイドがついた。
1997年8月マイナーチェンジ。テールランプが分割式となり、3.0LのGDIのみとなる。
この時シグマパトカーの後継としてパトカー仕様が設定される。台数は少なく埼玉・静岡・長崎などでしか配備されておらず製造期間も2年弱と短く、リコール隠しもあったために通常よりも早く姿を消した。耐久性を考慮してこのモデルにはGDIエンジンは搭載されていない。
1997年10月(オーストラリアは4月)にワゴンもモデルチェンジしたが売り上げは芳しくなく1999年に輸入を終了した。
1999年10月 マイナーチェンジ。GDIを積んで2.5Lが復活。テールランプが縦型になる。
2002年9月 3000/2500のGDIエンジンから2.5L SOHCのFFのみとなる。
2003年海外仕様のみマイナーチェンジ。ブーレイ顔が採用された。
2005年6月15日、セダン需要の低迷を理由に、三菱自動車は中大型セダン市場からの撤退を決定、同年12月に国内での生産と販売を終了した。
プラットフォームは現代自動車と傘下の起亜自動車で幅広く利用され、グレンジャー(XG型(ヒュンダイXG))、ソナタ(EF型)、サンタフェ(SM型)、トラジェ、オプティマのベースとなった。
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